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2015年1月の12件の記事

2015年1月29日 (木)

やっと手に入れた!シャルリー最新号、その中身は?

ついに手に入れました!




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シャルリー・エブドの最新号!!!


入手したのは先週の土曜日。ちょっと遅れてしまいましたが、これを報告しないわけにはいきません。


発売から10日間、待てど暮らせどお目にかかることができなかった、この号が、土曜日の朝、キオスクに平積みにしてありました(笑)


各キオスクに3部あればいいほうだったシャルリー・エブドが、こうして平積みになっているのを見ると、今度は「700万部は刷り過ぎなんじゃ・・・」と余計な心配をしてしまいます。


前代未聞の発行部数は供給側にも混乱をもたらしたようで、今まで使っていた用紙のストックがなくなり、途中から一段階上等の紙で刷らざるを得なくなったという話もあります。写真ではわかりづらいですが、私たちが買った最新号は、今までに比べると白さを増して光沢のある紙になっています。




さて、肝心な中身ですが、当然、“テロリスト&イスラム国ネタ”が大半を占めていて、その次に多いのが、370万人の大行進を揶揄するもの、2,3面全面にはシャルリー・エブドの精神の一つである政教分離特集、そして、犠牲になった風刺画家たちの昔の作品や未公開作品などが掲載されています。


毎週水曜日は必ず会議に出席していたのに、あの日はたまたまお葬式に出ていて難を逃れたメンバーの話や、その場にいて生き残った犬の話など、笑いを挟みつつ読み応えのある記事(≠風刺画)も多数。




そんな中、私の一番のお気に入りは・・・







この風刺画 ↓





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「そのころバングラデシュでは」というタイトルの下で、4人のバングラデシュ人らしき縫製工員が、「Je suis Charlie」と印刷されたTシャツを縫っています。そして、そのうちの一人が、満面の笑みで「大いに共感!」と言っています。


描写だけだと、「なんだよ、バングラデシュも馬鹿にしてるのかよ」という声が聞こえてきそうですが、もちろん、そういう意味ではありません。


バングラデシュといえば、ここ十数年、ファストファッションメーカーの多くが懲りずに縫製を依頼していることで有名。テロ以降、フランスではさっそく「Je suis Charlie」と印刷されたTシャツが売られるようになりました。そのために使用された無地のTシャツはバングラデシュ製の可能性大。


この風刺画を深読みすると・・・


フランスが傷ついて一つになっているときに、バングラデシュの縫製工たちは、いつもと変わらず縫っている。民主主義もへったくれもない国で、「Je suis Charlie」の意味さえわからない人たちが、健気に縫っている。そうして大勢でひしめき合って縫っている姿は、パリの大行進に似ていなくもない。一丸となって何かをしているという意味では、彼らは「大いに共感」できるように見えなくもない。ただし彼らの置かれている現状はフランスのそれとは似ても似つかない悲惨なもの。工場で火災が起きたり、崩壊したりして、何千人という死者を出した後も、先進国では安価な服が売られ続けている。先進国にこき使われる発展途上国の縫製工たち。本当に労働環境は改善されたのだろうか?そういえば今バングラデシュはどうしているのだろう・・・


この風刺画のすごいところは、作者であるCatherineが、フランス人が結束する様子をみて、地球の裏側にあるバングラデシュに思いを馳せたこと。そして、私たちにその存在を思い出させてくれること。


ついつい笑ってしまう絵や言葉の奥には、解釈できることが連想ゲームのように連なっていて、思わず考え込んでしまいます。上記の解釈以外にも、“バングラデシュはイスラム教徒が主体の国なのに、フランスの側にいるよ、まぁ実際はこき使われているだけなんだけどね”というような皮肉でもあると思ったのですが、旦那さんに「そこまで深くないと思う」と言われました。皆さんはどう思いますか?







同じCatherineの絵で、もう一つ笑ってしまったのが、これ ↓




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シャルリーのために結束した人々(シャルリー現象)、今後は?というタイトルの下で、フランス人らしき3名が他紙を手にしながら、そのうちの一人が「今後は?って何が?」と言っています。


追悼集会に370万人も集まって、最新号は700万部も刷ったけど、どうせ一過性のものでしょ。みんなもとの生活に戻って、以前読んでいた印刷物を再び手にとって、シャルリー・エブドには見向きもしなくなるでしょ?


というCatherineの声が聞こえてきそうなこの絵。元来無情な人間(というよりフランス人?)の姿が冷めた視線で描かれています。






最後に、最新号の表紙画で良くも悪くも有名になった、Luzの作品をご紹介。




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ページの片隅に細長く描かれた絵。犠牲になった同僚の“描く姿”が、絵と文章で綴られています。


これは解説なしでもわかると思うので、以下に日本語訳を載せておきます(フランス語が分かる方は、画像を拡大して読んでください。) ↓



子供の頃、僕たちはの絵を描いた。おかしな大人の世界を理解するために、そして自分のことを知るために。誰にでも子供の頃はあって、誰もが一度は絵を描いた。

成長して、大人になったはずなのに、未だにわからないことはあって、そのうちの何人かはの絵を描き続けている。

国境や宗教、象徴を理由に相手を殺そうとする人がいるのは何故だろうと思ったとき、彼らはの絵を描く。存在しないはずの神を信じて疑わない人がいるのはどうしてだろうと思ったとき、彼らはの絵を描く。

の絵を描いてはならないと言われる理由がわからないときも・・・

やっぱりの絵を描く。の絵を描くのは無責任だと言われても、の絵を描く。もっともだ。

このおかしな世界がの絵を見ることを拒んでも、それがおかしな世界であることに変わりはなく、彼らは描き続けた。その日が来るまでは・・・


・・・と思いきや、再び人々が現れた。

「私はシャルリー。路上に集まった数百万人の人々です。」


いつまで続くかな?”









次の発売日は、2月4日、来週の水曜日。今からとっても楽しみです。





※訂正: 次回発売日は2月25日の間違いでした。失礼しました。














2015年1月27日 (火)

コメント欄の暴言、そして・・・

3つ前の記事のコメント欄(※)で神経をすり減らしたせいか、膀胱炎に罹ってしまいました(爆) (※なんのことだかわからない方は、こちらの記事のコメント欄を読んでください。)

http://mafrance.cocolog-nifty.com/blog/2015/01/post-80aa.html


膀胱炎なんて、日本で生活していたとき以来のこと。


記事についた暴言を全然気にしていないかのようにコメントを返してきましたが、最初の3件で弱らされ、次の3件で一時的に救われ、その次の2件でとどめを刺されました。


しかもこれ、後からずしずし来ます。


一つの記事が気に入らないからというだけで人格やブログそのものを否定するとか、人の経歴を勝手に想像して批判するとか、話が飛躍しすぎて話にならないとか、いくらなんでも度がすぎます。


「他人を傷つけてはならない」と言っている人たちが、もう一方では平気で暴言を吐いているのも矛盾している。


反対なら反対意見を言うだけで言いのに、一言癪(しゃく)に障ることを付け加えないと気がすまないのは、なぜなのでしょう?


彼らとは恐らく理解しあえないだろうと思ったので割り切って返事をしたわけですが、私が平然と答えれば「こんなこと言われても平気なの?だからシャルリー・エブドを擁護するんだね」と思う人がいるだろうと考えたり、暴言を指摘すれば「ほらね、傷つくでしょ?」と言う人がいるだろうと思ったり、日本人の反応を想像すればするほど何を書いても批判されるような気がして、悶々としていました。


この記事も書くかどうか迷いながら、膀胱炎にまでなって(約8年ぶり!)それこそ何事もなかったかのように次の話題に移ることはさすがの私もできなかったので、書くことにしました。


これを読んで、ざまぁみろとか思っている人がいるかもしれないし、そういうことを想像してしまう自分にも嫌気が差します。


ご存知の方もいるかと思いますが、このブログは一年以上前に自民党に探られています。その時は最初のインパクトのほうが強く、日がたつにつれて怖いと感じることも減っていきました。それに比べて、この暴言のオンパレードというのは、前述したように、後味が悪い。こうして書いているうちに、楽になってきているのは確かですが、今後も時々思い出してしまうのは必至です。


私とは置かれている状況がだいぶ違いますが、自民党からのプレッシャーを受け、視聴者や読者のクレームに日々怯える日本のメディアは、今はもう救いがたい心理状態にあるのかもしれないと思ったりもします。



それはさておき・・・

今回のテロから始まった一連の出来事で、フランス人と日本人の根本的な考え方の違いが露呈したことは、ある意味よかったと思っています。


これをきっかけに色々と考えるようになったという人は多いだろうし、私個人に関しては、日本よりフランスのほうが居心地がいい理由を再認識することができました。


シャルリー・エブドについても、以前は旦那さんが買ったものを横から覗き見るくらいだったのが、メディアで取り上げられ、自分でも関連記事を探して読むうちに、今まで知らなかった魅力を発見したりして、益々シャルリー嫌いの人たちと分かり合うのが難しくなりそうです(笑)


ただやっぱり気になるのは、シャルリー・エブドの風刺画が自分の許容範囲にないからというだけで、シャルリー・エブドやフランスそのものを全否定する日本語のツイート等が散見されること。


歴史的背景や文化が違えば考え方も当然変わってくるのに、それを追求しようとしないのは、やはり残念だとしか言いようがありません。









2015年1月23日 (金)

「宗教への批判は絶対の権利」 B-H Lévy (朝日新聞 より)

二つ前の記事のコメント欄で日本のメディアを批判したばかりですが、


日本語でもやっと、シャルリー・エブドに関するまともな記事が出ました。




Charlie_asahi




(※これ ↑ は単なる画像です)



書いたのは、朝日新聞の富永格氏。


パリ在住の富永氏がフランス人小説家・Bernard-Henri Lévy(ベルナール・アンリ・レヴィ)に話を聞いたのをまとめた記事で、シャルリー・エブドの風刺画が法的になんの問題もないこと、そして追悼集会に370万人が集まった理由などが、とてもわかりやすく説明してあります。


そして、その後に、レヴィ氏とは全く別の視点で語られた、同志社大学の内藤正典氏の見解も載っています。私は同意したり、「それは違うな」と思ったりしましたが、興味深いことに変わりはありません。


ただし、この記事は会員にならないと読めません(汗)


なんでこんな大事な情報を有料記事にしちゃうんだろう・・・


ちにみに、無料会員に登録すれば、一日3本まで有料記事が読めます。(ってなんで私が宣伝してるんだ(笑)


どちらにせよ、時間のある方は、登録して(すでに登録済みの方はそのアカウントで)、是非読んでみてください ↓




http://digital.asahi.com/articles/DA3S11559549.html?iref=comkiji_txt_end_s_kjid_DA3S11559549








2015年1月22日 (木)

今この時期に軍事拡張主義を貫く日本の愚

書こうか書こまいか迷っているうちに書かずにいたのですが、やっぱり書くことにします。



1月11日、フランスが370万人の大行進をした日のこと。


我が家は、昼前から、行進を生中継する数チャンネルを交互に見ていました。


テレビに映し出される人の波に圧倒され、言葉を失いつつ眺めること数時間・・・


旦那さんが思い出したようにチャンネルを変えました。


テレビに映し出されたのは・・・


我らが「NHK ワールド」。


フランスで唯一無料で見れる日本のチャンネルです。


このブログでもちらっと取り上げたことがありますが、基本は英語なので、私はほとんど見ません。


が、旦那さんは興味津々で、色々見ています。


今回も、パリで大行進中に東京は? みたいなノリでチャンネルを合わせてみました。


するとどうでしょう。


タイミングよくニュースが始まって、パリの大行進が映し出されました。


「話題にしてるね」とそのまま見ていると、次のニュースになりました。


そして、私たちは、テレビの前で凍りつきました。


画面に次々と映し出されたのは・・・


超がつくほど本格的な自衛隊の軍事演習


目的は離島防衛(つまりは尖閣諸島や竹島の防衛)





 ↓ 軍機からパラシュート隊が吐き出され


Soldats_japonais_1




 ↓ パラシュート隊が地上に降り立ち


Soldats_japonais_2




 ↓ ヘリコプターからも地上部隊が飛び降りる・・・


Soldats_japonais_3

(ベージュの“熊”に見えるのが隊員。全身に干草を貼りつけたようなカモフラージュ・・・ってこんなのみたことない(汗))


(画像は後に日本語のNHKのサイトにアップされたニュース映像より ※現在は閲覧不可能)



まるであの時代にタイムスリップしたかのよう・・・


フランスの軍隊もきっと同じような訓練をしているでしょう。


でもそれを国民に見せる、ましてや世界に見せ付けることは滅多にありません。


NHKは、わざわざパリの大行進のすぐ後に、これ見よがしに、日本の軍事力をアピール。


しかもNHKワールドで。 


その後も、暴走総理は速度を上げ・・・


「防衛費、過去最大の5兆円に」というニュースがフランスでも取り上げられ


http://jp.reuters.com/article/topNews/idJPKBN0KN02N20150114


税金をばら撒くために中東訪問


イスラム国の目に留まり


日本人2名が人質にとられ、身代金2億ドルを要求される。


NHKワールドの見せびらかしから、ここに至るまで、たったの10日。


日本政府は、イスラム国の声明の数時間後に「テロに屈しない」と明言。


と思ったら、その数時間後には手のひらを返したように「人命第一」とか言い出した。


もう誰にも信用されない


今日本政府が実践していることを「積極的平和主義」と言うらしい


って、どこが平和なんだ。


国民が苦しんで苦しんで悶え死んだあとに平和があるとでもいうのか


この後政府は言うだろう「ほら、テロの脅威が増している」


自分が撒いた種なのに


やっぱりあの時代に似ている


あの戦争も自分たちから仕掛けた


歴史は繰り返すという


それにしても露骨すぎる









2015年1月18日 (日)

シャルリー・エブドがムハンマドを描き続けるわけ

シャルリー・エブドが襲撃されてから10日が過ぎました。

事件の余波は続いていて、キオスクには、10日たった今も、最新号を買おうとする人々が早朝から列をなしています。

一方で、日本では、なぜかシャルリー・エブドに批判的な意見が広がり、同じ日本人として新たなショックを受けています。

残念なことに、それらの反対意見の多くは「ただの挑発行為に過ぎない」と一蹴し、シャルリー・エブドがあたかもレイシストであるかのように蔑む人まで出てきました。


シャルリー・エブドはなぜムハンマドを描きつづけるのか。

本当の理由を日本人に知ってもらいたいと思い、私なりにまとめてみました。

なんとなくでも理解してもらえれば嬉しいです。








シャルリー・エブドがムハンマドを描き続けるわけ



テロ以前は週数万部を売るのが精一杯の弱小新聞社だったシャルリー・エブドが、テロの標的になったことで、世界中の注目を集めることになった。

世の中のおかしいことを風刺してきた小さな新聞社が、一夜にして有名になり、賛否両論入り乱れる議論の的になったわけで、ミイラ取りがミイラになったとは、まさにこのことである。

ネット上では、問題視されている複数のムハンマドの風刺画が飛び交い、日本では、原発事故を風刺した絵も再び散見されるようになった。

でもここで一度考え直して欲しい。

シャルリー・エブドは、ムハンマドや原発事故ばかりを風刺していたのではない。彼らは政治家から残忍な毛皮産業にいたるまで、ありとあらゆるテーマを風刺している。それなのに、そのごく一部だけに焦点があたり、批判されてしまうのはあまりにも理不尽だ。

また、彼らの風刺画は、フランスの、またはフランス語を解する読者に向けて描かれている。そして、その他大勢の「絵を見ることはできるけれど書かれている言葉はよくわからない」という人たちは対象外である。

ここにきて、“絵柄”ばかりが一人歩きするようになったが、風刺画はただの絵ではない。絵の中の文字も含めて風刺画である。それを“絵柄”だけみて解釈すれば、もちろん誤解が生じてしまう。

今回のテロも、日本人の勘違いも、原因はここにある。

最新号の表紙画の意味は、前回の記事(翻訳家の関口涼子さんのコラム)で紹介したので割愛するとして、ここでは別の例を取り上げたい。

以下の風刺画をご存知の日本人は多いと思う。






Cabu_monfort




腕や脚が3本あるやせ細った2人の人物が相撲を取ろうとしている。審判らしき2名が重厚な防護服に身を包んでいる。そしてフランスで最も有名なスポーツジャーナリスト、ネルソン・モンフォールが「素晴らしい!FUKUSHIMA(原発事故)のお陰で、相撲がオリンピックの正式競技になりました。」と満面の笑みを浮かべながら言っている。

これは、犠牲者の一人でCABUという風刺画家が、東京が2020年のオリンピック開催地に決定した直後に描いた。そして日本政府の反感を買った。菅官房長官は、「被災者を傷つける」として遺憾の意を示したが、この風刺画の矛先は、被災者ではなく、菅官房長官を含む権力者に向けられている。

この風刺画には、“原発事故がまだ収束してないのに、オリンピックの開催地を福島にそう遠くない東京に招致するなんて無神経だよね。そんな無神経な政府のもとでは、国民は大切にされていないよきっと”、というようなメッセージが込められている。

そして、この絵の中で、フランス人の読者が一番最初に目を向けるのは、やせ細った相撲取りでも、壊れた福島原発でもない、ネルソン・モンフォール(ジャーナリスト)にほかならない。

日本では知る人ぞ知るモンフォールだが、フランスで、彼を知らない人はいない。ハイテンションな実況中継でお茶の間を凍らせるのが“売り”の彼が、残酷に描かれたオリンピックの風景を前にしても相変わらずハイテンションを貫いているところがフランス人の壷にはまる。

モンフォールが誰だかわからない人には、この風刺画の面白さがわからない。

モンフォールを知らない日本人は「この風刺画、酷いね」と言うだけで、それ以上は追求しない。

このようにして、フランス人向けに描かれたものを、フランス語を解しない、またはフランス文化に精通していない人が見ると、全く理解されない。だから、描かれている絵柄だけを見て、勝手に想像して傷つくことは被害妄想以外の何ものでもない。


郷に入れば郷に従え

風刺画のなんたるかを知らない人には、間違った解釈をされることがあるわけだが、シャルリー・エブドはそのことを考慮していない。それは、前述したとおり、彼らの風刺画は、他の出版物同様、フランス語を解する読者にしか向けられていないからである。

では、フランス人に向けて、彼らがムハンマドを描く意図はなんなのか。

それは、移民が増え続けるフランスでは、イスラム教なくしてフランスを語れなくなっているからである。

まず、イスラム教は目立つ。フランス文化との違いが歴然で、イスラム教徒と直接かかわりのない生活をしていても、彼らを身近に感じざるをえない。イスラム教の女性の多くはスカーフを被っており、各地のスーパーにはハラル(イスラム教徒が食べられる食品)売り場が設けられ、ラマダン(イスラム教徒が行う年一回、一ヶ月間の断食)のたびに、各放送局が一斉にとり上げる。

身近にあるだけなら構わない。これが教育現場では、悩みの種となることが多い。

フランスの学校では教室内で生徒全員が給食を食べることはない。校内、または学校の近所にある食堂に行くか、家で食べるか選ぶことができる。当然、食に関して決まりごとの多いイスラム教の生徒は家に帰って食べることが多いわけだが、郊外学習や修学旅行は昼食を持参するか欠席せざるを得ない。もちろん、親が妥協して、与えられるものを何でも食べている生徒もいる。学校側が憂慮してハラル料理を別に作っているところもある。しかし、教職員はそこばかりに気を配っていられない。他にやることは山ほどある。そして時々、間違いが発生し、食べてはいけないとされている豚肉を口にしたことに気づいた生徒がパニックに陥ることがある・・・。教職員はフランスの教育システムとイスラム教の板ばさみにあい、対応に苦悩している。

一方で、イスラム教の生徒たちは、“家の外は違う”ということに、遅かれ早かれ気づく。早い場合は保育園や幼稚園でそれに気づく。特にクリスマスの時期になると、他の子供たちがプレゼントを楽しみにしている傍らで、彼らはそれを“外のイベント”として傍観しなければならない。公現祭や復活祭も同様。そうやって、少しずつ疎外感を覚えていく。その疎外感が葛藤の原因となり苛立ちに変わり、その矛先が教師や他の生徒に向かうこともある。

大人になった彼らは、再び自分たちの殻に閉じこもり、その子供たちも同じ道を歩む。

私たちが彼らを受け入れようとしても、イスラム教の教えを守りながらフランス社会にとけ込むにはどうやっても限界がある。

妥協して同化しているイスラム教徒は少なくない。しかし、その逆もしかり。

フランス政府はこれらの問題を極力避けてきた。

だからシャルリー・エブドはムハンマドを描く。ムハンマドの教えに翻弄される、滑稽なフランス社会を風刺するために、ムハンマドを描く。ムハンマドの風刺画には、テロが頻発する世界情勢に加えて、この現状に警鐘を鳴らす意味も込められている。



彼らは変わらない

平和を愛し、反核・反戦を掲げ、エコロジストでもあるシャルリー・エブドの面々は、この世の中が少しでもよくなるように願っている。

彼らは、国や国民が避けて通ろうとする問題を題材にする。うまくフランスに馴染めないイスラム教徒たちに興味を示し、増え続けるテロの脅威に警鐘を鳴らすために、ムハンマドを描き続ける。

ムハンマドを描き続けることは、おかしいと思ったことをおかしいと言い続ける勇気を意味する。

「描くな」と言われて描くことをやめてしまえば、服従することになる。一度服従してしまえば、そのうち、偶像崇拝以外の禁止事項(禁酒・禁煙等)を強いられ、あっという間に支配される。

そもそもが、偶像崇拝が禁止されているのはイスラム教徒であり、フランスにそんな法律はない。

イスラム教では、イスラム教徒以外は全員“地獄”に落ちるとされている。

シャルリー・エブドはもちろん、フランス国民の多くはそれを信じない(日本人も信じないはずだ)。それと同じように偶像崇拝がどうのこうのも、イスラム教を信仰していない私たちには無関係だ。

フランスにおいて、フランス語でムハンマドを風刺することは、彼らシャルリー・エブドにとって、当たり前のことなのである。










2015年1月15日 (木)

シャルリー最新号の誤訳 

シャルリー・エブド最新号の表紙が世界中で物議を醸していますが・・・




Charlie_luz






あろうことか、読売新聞が風刺画の文章を誤訳してしまったようで、翻訳家の関口涼子さんが間違いを指摘されています。

これ以上、シャルリー・エブドに対する誤解を広げないためにも、みなさん、拡散してください ↓ 以下、関口さんのフェイスブックより。全文はこちらから(←読み応えあります。時間のある方は、是非こちらを)


http://synodos.jp/international/12340




明日出る「シャルリー・エブド」の最新号には、預言者ムハンマドと解釈されるような人が「Je suis Charlie」と書かれた紙を掲げ、涙を流しています。その上には「Tout est pardonné」と書かれています。
これを、預言者ムハンマドのイメージであるとして読んでみましょう。
今日読売新聞の夕刊記事には「全ては許される」という翻訳がつき、何でもありだ、という、言論の自由(というか「勝手」)を示したものだとされていますが、まったく反対の意味です
「全てが許される」であればTout est permis でしょう。「許可」の過去分詞であるPermisと異なり、Pardonné は宗教の罪の「赦し(ゆるし)」に由来する、もっと重い言葉です。
と同時に、「Tout est pardonné」は、口語表現でもあります。
たとえば、放蕩息子の帰還で親が言う言葉、または、あるカップルが、深刻な関係の危機に陥ったとしましょう。長い間の不仲の後、最後に、「いろいろあったけどそれは忘れよう」というときに使われます。
これは、単なる喧嘩の後で使われる言葉ではありません。長い間の不和があり、それは実際には忘れられることも、許されることも出来ないかも知れない。割れた壺は戻らないかも知れない。それでも、この件については、終わったこととしようではないか、という、「和解」「水に流す」というきれいな言葉では表しきれないニュアンスが入っています。
画面上この文章は、預言者ムハンマドが言ったとも取れますし、シャルリー・エブド側の言葉とも取れます。つまり、複数の解釈を許しているのです
預言者ムハンマドが言ったとすれば、それは、「君たちの風刺・または思想をもわたしは寛容に受け止めよう」ということであり、シャルリー・エブドの側としては「わたしたちの仲間は死んだ。でも、これを憎悪の元にするのではなく、前に進んでいかなければならない」ということを意味するでしょう。
それから、預言者ムハンマドが「私はシャルリーだ」と書かれた紙を持っていることが重要です。これは、単に、預言者も自分たちの味方だ、ということを言いたいのではありません。
「シャルリーが殺されたとき、自分(モハンマド)も死んだのだ」、つまり、宗教の名の下に、暴力の行使によって相手の制圧をしようとすれば、あなたたちが信じていると思っている宗教もまた死ぬのだ、と、このムハンマドのイメージは、犯人たち(または犯人と意見を同じくする者たち)に訴えかけているのです。
このデッサンに描かれたふたつの文章を決してないがしろにしてはいけません
読売新聞の記者は、このデッサンに「自分が読みたいことを読んだ」のかもしれない。イメージは曖昧であり、時に自らが含んでいない解釈も許してしまう危険性が有りますが、このふたつの文章の誤訳は疑うまでもありません。
これは、解釈の違いではなく、翻訳の問題なのです。
Tout est pardonnéを、「全てが許される」と訳すことは、どれだけ意訳の範囲を広げたとしても、出来ないことです。
この誤解が解かれ、記事の訂正が為されることを望みます。









 

2015年1月12日 (月)

大行進中にシャルリー(爆笑)の神様が降りてきた!!

歴史的大行進から一夜が明けました。


今日、パリは世界の首都となった」という、オランド大統領の宣言で始まった大行進には50を超える国や地域の首脳や閣僚、そして120~160万人の市民が参加。


歴史に残る、感動的な日であったのは確かですが・・・


この日は“シャルリーの神”が降りた日でもありました。


まずは、行進開始前。


世界が団結している様子を見せたかったからかどうなのか、集まった首脳や閣僚を一台のバスで移動させるという、前代未聞の試みを慣行したフランス政府。


当然、“演出”に無理があったようで、普段はリムジンで移動している首脳や閣僚が、停留所でバスを待つ一般人のように並び、更には数が多すぎて数人がバスに乗れずに置いてきぼりをくらう、というハプニングが発生してしまいました。


その一部始終は生中継で世界中に放送され、感動に浸る予定のお茶の間(※)が笑いに包まれたのは言うまでもありません。(※少なくともフランスの)




その次に“彼”が降りてきたのは、残されたシャルリー・エブドの同僚や遺族に、オランド大統領が慰めの言葉をかけていた最中。


奇跡的に生き残った風刺画家の一人で、オーランド大統領を度々風刺しているLUZ(リューズ)の側に大統領が歩み寄った瞬間・・・


なんと、鳥の糞が大統領の右肩に落ちたのです!


カメラにはっきりと映ったわけではないこの“事件”


発覚したわけは・・・



オランド大統領と言葉を交わし終えたこの3人 ↓ が、笑いをこらえるのに必死だったから!






Luz_5185549



前列左3人。真ん中でハチマキをしているのが
LUZ。(LUZの肩に顔を埋めている女性も、泣いているのではなくて笑っているらしい 笑)




Oluzcharliehebdofrancoishollandegua


大爆笑のLUZ(笑)大統領は全く気づいて(気にして)いない!




今朝、ラジオ出演したLUZはこの事実を認め、「こんな時に笑わせてくれて、大統領にはいつでもシャルリー・エブド社に顔を出して欲しい。これ以上の冗談はない。一気に悲しみから解き放たれた気がする。」と心境を吐露。


LUZのパートナーもツイッター上で「オランド最高!私たちを爆笑の渦に包むなんて」と、気分が晴れた様子を公開。


鳥の糞なんて、屋根のないところにいれば、どこにでも落ちてくるわけですが、こともあろうに、大統領を何度もネタにしている風刺画家の前で、絶妙のタイミングで落としたこの鳥は“神”だと言っても過言ではありません。


そしてもちろん、その糞を落とされ、気づかない様子の大統領も素晴らしい。


普段、間抜け且つ天然ぶりをメディアで揶揄されている大統領ですが、女性に受ける理由も、きっとこれなんだと、妙に納得させられました。


この件に関する記事についたコメントの中には、「(フンを落としたのは)鳥じゃなくてCharb(※)」なんていうのもあって、また爆笑。 (※ 犠牲になったシャルリー・エブドの編集長)



これだからフランスはやめられない!












証拠のビデオ ↓

http://www.huffingtonpost.fr/2015/01/12/manifestation-charlie-luz_n_6452662.html



ラジオ番組でそのときの様子を語るLUZ (肝心の話は最後に出てくる) ↓

http://www.rtbf.be/info/etcetera/detail_luz-hollande-je-veux-le-garder-parce-qu-il-nous-a-fait-rire?id=8759521













2015年1月11日 (日)

Charlieの集い、そして反発するイスラム教徒たち

1月9日、我が県庁所在地のCharlie Hebdo追悼集会に参加してきました。


霧雨が舞う中、集合場所の広場に到着してびっくり!


日本なら「街」というより「町」に近い、人口5万人強の「まち」に、なんと、2200人(※)も集まっていました! (※翌日の地方新聞記事より ↓)





2200_personnes





広場は人と「Je suis Charlie(私はシャルリー)」のプラカードで埋め尽くされています。



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待ち合わせに遅れて来るのが当然のフランス人たちが、意気揚々ときっかり時間通りに現れる。


大人になっても私語を慎めないフランス人が、静かにそこに佇(たたず)んでいる。


マルセイエーズ(国歌)がどこからともなく聞こえ、大合唱になる。


電車やバスなどの公共交通機関では我先に乗ろうとするフランス人たちが、献花をするため、ロウソクをともすために自分の番が来るまで待つ。


広場には、いつも息子の幼稚園で顔を合わせるママたちもいて、言葉を交わさずともお互いが笑顔ですれ違う。(普段は笑顔を見せないママたちは結構多い 笑)


感動




ここまで結束するフランスは見たことがありません。


もちろん、人口比で言えば、デモに参加しない(またはできない)人のほうが多いわけですが、参加しようという意欲を持った人が何十万人もフランスにいると考えただけで、この国の心理的結束力に感心させられます。


1月11日現在、これを書いている横で、テレビがパリを始めとするフランス各地、更には世界各地の集会を生中継で映し出しています。


夕方5時半の速報によると、パリでは60名の各国首脳が集結し、100万~300万人(!)のパリジャンが大行進しているそうです。


地方都市でも、リヨン : >20万人(人口の3分の1という報道もある)

         マルセイユ : 6万人

         グルノーブル : 6万人

         サンテティエンヌ : 6万人

         クレルモン・フェラン : 5万人 

         ストラスブール : 4万人


が集まっているという、前代未聞の数がメディアで飛び交っています。





一方・・・


ネット上では、一部のイスラム教徒が「Je ne suis pas Charlie(私はシャルリーではない)」と反発しています。


教育現場でも、一分間の黙とうを拒否した生徒たちがいました。都市の郊外ではその数は激増し、黙とうができなかったクラスや学校があったそうです。


ブザンソンの郊外も同様で、テロ当日の夜には、テロを祝福する花火があがったという記事が地方新聞に載っていました。


彼らとは別に、イスラム国などの戦闘員になるためにシリアに向かったフランス人は、昨年11月の時点で1132人

http://www.lexpress.fr/actualite/societe/pourquoi-y-a-t-il-tant-de-convertis-parmi-les-djihadistes-francais-de-l-etat-islamique_1624282.html


フランス国内でブラックリストに載っている要注意人物は、延べ5000人。



今回の事件は収束したけれど、フランス社会に蔓延る闇は想像以上に深い。


フランスのイスラム系移民の多くは、移民街で肩を寄せ合って生活しています。


フランスに対する憎悪は世代を超えて、代々受け継がれるとも言われています。


フランスの文化を敢えて受け入れず、それでもフランスに住み続ける移民たちの成れの果てが今回のテロなのでしょう。


去年、フランスにおいて実行に移されなかったテロは、(政府は数を公開していませんが)一つや二つではありません。


私たちは今後、彼らとどう接していくべきなのか。


教育現場にいる旦那さんを始め、フランス中が考えていかなければならないことです。











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広場の中心に立つ塔に手向けられる花、メッセージ、ロウソク・・・




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犠牲者の名前で、縦に「Charlie Hebdo」と並べた粋なメッセージ




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日本語に訳した私たちのプラカード。ほかにも日本人がいるかと思って期待して行ってみたけれど、日本人どころかアジア系さえいなかった・・・




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フランシュコンテ、フランス、欧州の半旗の前にて。












2015年1月 8日 (木)

フランスが一つになる

昨日のCharlie Hebdoで起きたテロによって表現の自由、ひいては自由そのものが脅かされたことで、フランス中が結束しています。


昨日の夜のうちに、「Je suis Charlie(私は(も)シャルリーです)」と書かれたプラカードと、表現の自由を象徴するペンを持った人々がフランス各地の街に繰りだしました。


我がフランシュコンテ地方でも、小規模ながら全ての県庁所在地でさっそくデモが行われたようです。




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地方新聞によると、ブザンソンに1000人、ベルフォールに300人、ブズールという小さな街にも80人が集まったそうです。


今日の夜は周知する時間があったので、各地で大規模なデモが行われる予定で、今週末には更に膨れ上がると予想されています。




そして今日の新聞各紙の一面は当然、「Charlie」一色 ↓





Dscn8696



↑「Parisien」(地方では 「Aujourd'hui en France」)は、「自由は奪えない」と題して当然のようにして集まったデモ参加者の写真を掲載。



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↑「LE FIRARO」は、「殺された自由」という、Parisionのそれとは真逆に聞こえる(けれど、根本的な意味は同じ)見出しと犯人の写真を掲載。


更に、別刷りで追悼特集 ↓



Dscn8702


硬い芯であるはずの“えんぴつ”から赤い“インク”が流れる・・・



Charlie Hebdoの編集長だったCharbが書いた最後の一枚と言われている風刺画も大きく掲載 ↓



Dscn8701


「フランスでは未だにテロが起きない」 と題した絵の中で、銃を背負ったイスラム教徒とみられる人物が“ちょっと待って! 願い事は1月31日(※)までできるから”と答えている。なんという偶然・・・  (※フランスでは、年が明けてから1月31日までに願い事をするとかなうと言われている)



Charlie Hebdoと最も思想が近いと言われているLiberation(リベラシオン)は、どこも売り切れ。


電子版を覘いてみると・・・




Liberation_evidamment


「NOUS SOMMES TOUS CHARLIE」(私たちは皆シャルリーです)



更にはスポーツ新聞(普段はスポーツに関する記事のみ)のレキップ紙まで・・・ ↓



Dscn8697


自由対野蛮 0-12 (※12は殺害された人数)




ネット上でも、もちろんフェイスブックやツイッターで「Je suis Charlie」が拡散され


グーグルも・・・ ↓


Google_aussi




こんなところまで・・・ ↓




Autoroute_charlie


 
http://www.liberation.fr/societe/2015/01/08/les-transports-aussi-sont-charlie_1176177


上のリンクで、電車、バスなどの公共機関でも「Je suis Charlie」が掲げられていることが確認できます。


こちら↓は、世界に広がる“シャルリーの波”。ニューヨーク、コソボ、ロンドン、マドリード、リオデジャネイロ、リマ、サンフランシスコ、ワシントン、ケベック、ベルリン、ボゴタ(コロンビア)・・・


http://www.liberation.fr/photographie/2015/01/08/je-suis-charlie-de-berlin-a-bogota_1176205?photo_id=705836



日本でも「私は(も)シャルリーです」が広がればいいのですが・・・











2015年1月 7日 (水)

Je suis Charlie, moi aussi

2014年1月7日、正午過ぎ


家族3人で昼食をとろうとしたら、電話がなった。


受話器の液晶には義母の番号


クリスマス以来、あることを催促されている旦那さんは、そのことだろうと思って受話器をとらなかった。


発信音が鳴り止んだと思ったら、間髪いれずにもう一度なり始めた。


旦那さんは迷ったあげく、やっぱり出なかった。


すると、また鳴った。


「何かあったのかもしれないよ」


私の声と同時に、旦那さんが受話器をとった。


「何で出なかったの?」


電話の向こうの義母の声が私にも聞こえる。


「今帰ってきたところだから」


旦那さんが答えると、義母がいつも以上に大きな声で何かを言う。


「え?なんだって?」


旦那さんが急いでパソコンを開いて、私に手招きする。


画面をのぞくと・・・


Fusillade à Charlie Hebdo 10 morts(シャルリー・エブドに銃撃 10人死亡)」


耳を疑うような見出しが目に飛び込んできた。


Charlie Hebdo
・・・


毎週数万部を発行する、風刺画が売りの週刊紙


日本の原発事故を風刺して、日本で物議を醸したこともある


批判やクレームは耐えない


脅迫も日常茶飯事


テロの標的になるのも、これが初めてではない


でも、10人って・・・


正確にはジャーナリストが8人、警官が2人、警備員1人、経済学者1人で、けが人も多数いるらしい


表現に携わる人の命を奪うことは、彼らが有していた「表現の自由」も奪うことを意味する。


命を奪われたうちの一人、シャルリーエブドの編集長だったCharbは、2012年にこんなことを言ったという。




Charb_2012




私は報復を恐れない。子供もいないし、妻もいないし、車もなければローンもないから。少し大げさな言い方だけど、ひれ伏しながら生きるより堂々と死ぬほうがいい。”


彼は、いつかこういう日が来ることを知っていた。


知りながら、最後まで屈しなかった。


多くの同胞が声に出して言いにくいことを代弁し続けた。


日本で起きたことじゃないのに、涙がこみ上げてくる。


胸が張り裂けそうなのに、Charbの言葉の中の “車もなければローンもない” の部分で笑ってしまった。


真面目な話をしているのに、笑いを挟まずにはいられないフランス人の性(さが)。


彼のそれが息絶えた。


もう、彼の絵を見て笑うことはできない。


今日、フランスは“自由の象徴”を10人も失った。


大袈裟でもなんでもなく、彼らはフランスの宝だった。


明日からフランスは喪に服す。


政教分離を強調する国では稀なことらしい。











Je_suis_charlie


「私はシャルリーです」 これを掲げてフランス人達がデモをする。

わが街は小さいけど集まりがあるなら行こうと思う。







2015年1月 5日 (月)

有機みかん6キロ

半月前、フランスで初めてみかんを箱買いしました!




Dscn8643




Dscn8644



6キロ全てオーガニック!(様々な認証付 ↑)


購入先は、野菜でお世話になっているAMAP(有機野菜やその他のオーガニック食品の計画共同購入システム)。


Biocoop(オーガニック専門店)の協力で、柑橘類の共同購入を実施することになりました。」


というメールがきて、翌週に注文、そのまた翌週に受け取ったのが、この有機ミカン6キロでした。


値段は6キロで19ユーロ(1キロ3ユーロちょっと)。スーパーなどで売られている有機みかんに比べると1,2割お値打ちです。


ただし、スーパーの有機みかんの多くは、スペインやイタリア産なのに対して今回の箱みかんはコルシカ島産、つまりは「made in France」。


コルシカ島の有機みかんでこの値段はなかなかありません。


産地直送、計画共同購入の為せる業、そして何よりもオーガニックに携わる人々の協力と意欲の賜物です。


でも、今回一つだけ後悔したことが・・・


とりあえず1箱だけ注文した我が家ですが、2週間であっという間に空っぽになってしまいました(涙)


3
箱くらい注文しておけばよかった・・・










2015年1月 2日 (金)

新年早々発覚したこと

読者の皆様、明けましておめでとうございます。


日本は大雪だとかで、こちらも寒い日が続いていますが・・・


新年早々、とんでもないことが発覚しました。


もちろん、私にとってとんでもないことであって、他人にはどうでもいいことかもしれませんが・・・


なんと、私が投票できなかったことが確定しました。


なんだそんなことか


・・・
なんて思わずに、まぁ聞いてください。



時を遡ること3週間前。


投票用紙を選挙当日の6日前に投函してから毎日していたことがありました。


それは、フランスの郵便局のホームページにある追跡ページ開き、番号を入力し、投票用紙の現在地を確認すること。


ところが・・・


選挙前日の土曜日になっても、移動している様子がない。


選挙が終わった後も、思い出しては追跡してみるも、いつまでたっても、投函した郵便局から発送された形跡が確認できないわけです。


これはおかしい、と思って、12月18日ごろ、郵便局に説明を求めました。


「9日に投函した郵便物が発送されていないようなのですが」


郵便局員 「追跡番号があっても、反映されないことがあります。3631に電話をすれば詳しいことがわかるかもしれません。」


さっそく3631に電話。


自動音声に「追跡番号の最初のアルファベット2つを発音してください」と指示されました。


私 「RK」


自動音声 「RK と発音されましたか?正しければ「OUI」間違っていれば「NON」と発音してください」


私 「OUI」


自動音声 「つづきの数字を入力してください」


9桁の数字を入力


自動音声 「下二桁のアルファベットを発音してください」


私 「FR」


自動音声 「○×▲?◎できる状態にありません。またのお越しをお待ちしています。」


ツーツーツーツー


一方的に切られた(苦笑)


最後の文章が意味不明だったし、私の発音も悪かったかもしれない、ということで旦那さんにもかけてもらいましたが・・・


結果は同じ。


電話は諦めることにしました。



その代わり、ネット上の追跡は継続。


クリスマス前後にも、しつこく追跡画面を開いて入力してみましたが、今度はクリスマスプレゼントを追跡したい訪問者が殺到したからかどうなのか、いつまでたっても検索結果が現れません。


そして昨日(1月1日)


思い出したように追跡してみると・・・


なんと


なんと


私の投票用紙は・・・




12月24日に選挙管理委員会に届いたという結果がでてくるではありませんか!!!



かかった期間、2週間!


船にでも乗ってしまったのでしょうか


それとも、局員が発送し忘れて(または仕分けの箱から落ちて)、投函からだいぶ経ってから飛行機に乗ったのでしょうか


それともそれとも、郵便局が大混雑していて特別な理由もなく2週間もかかってしまったのでしょうか


あれだけ迷って、必死になって、ギリギリ間に合うんじゃないかという希望を持って投函した投票用紙が、こともあろうに選挙の10日後、しかもクリスマスイヴに届くなんて・・・・


8千円払っていたら届いたのかどうか、タイムスリップできるなら試してみたい。


と思ってから、ふとあることが頭をよぎりました。


在外公館(大使館や領事館)で直接投票するのは、日本の選挙の一週間前。


つまりは、在外公館の投票最終日は12月7日、日曜日。


翌日の8日、月曜日に各選挙委員会に発送したとしても、かけられる日数は最大6日。


もしかして


もしかすると


海外在住者が直接投票した用紙も、大部分が期日までに届いてないんじゃないの???


という疑念が生じたのです。


すべての投票用紙をクロノポストなどの速達書留で日本に送ったとして(←これだけでも相当な支出!)、クロノポストの専用車や専用機があったとしても、投票用紙のためだけのの専用機があるわけではないし、12月が陸も空も大混雑することを考慮すれば、届かなかった投票用紙は山のようにあるはず。


アメリカでは、在外投票(郵送投票?)の投票用紙は数日遅れても受理する法律があるのだとか。


私の投票用紙のように10日も遅れればどっちにしても駄目だろうけど。


でもやっぱり、今回の選挙は日程に無理がありすぎた。


解散選挙そのものが無茶だったと、天下のサザンオールスターズも指摘しているようだし・・・













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