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2015年2月11日 (水)

不可解な風刺画掲載本

噂には聞いていたけれど、本当に出る(出た?)らしい・・・


http://news.nifty.com/cs/domestic/societydetail/tbs-20150210-23436/1.htm


http://getnews.jp/archives/811275


これらの記事によると↑第三書館という東京の出版社が、<シャルリー・エブドの風刺画など48点を掲載した書籍>を出版することになったという。

本の題名は「イスラム・ヘイトか、風刺か」。A5判64ページで、日本語の翻訳や解説を付けたシャルリエブドの風刺画を中心に48点を収録。イスラム教徒に配慮し、預言者ムハンマドの顔にはモザイクをかけている

巻頭で<「風刺の持つウイットもユーモアの香りも感じられない」と批判。

出版社側は「風刺画がどんな意味を持っているのか、日本の皆さんに知っていただくのが最大の目的だ。」とコメント。


・・・


これは誰のための本なのだろう?


この本を実際に読んだわけではないけれど、これらの記事をもとに感じたことを言いたい。


まず、モザイクをかけた風刺画が読者に理解されるわけがない。絵をしっかり見てこその風刺画なのに、読者に絵を想像させるなんて的外れにもほどがある。


そして、巻頭で風刺画を批判した上で解説することは、読者に考える余地を与えない誘導尋問と同じで、風刺画の理解を深めようとする意思はないに等しいと思われても仕方がない。最初に結論を述べてしまっているので、タイトルもあってないようなものだ。


この本には、イスラム世界に詳しい識者からの寄稿文も掲載されているという。


風刺画を理解してもらうためには風刺画に詳しい専門家の見解を載せるのが妥当ではないだろうか?


出版社側は、この本を出版した理由を「議論を深めるため」と述べている。しかし、巻頭でムハンマドの風刺画そのものを批判し、フランス(西洋文化)の専門家よりもイスラム教の専門家に意見を仰ぐということは、結論ありきで書かれたことになり、議論など深まるはずがない。


掲載した風刺画48点を最初から批判するつもりで選んだのであれば、それらはすでに存在する誤解を助長するだけだと私は思う。


ムハンマドの顔にモザイクをかける前にも後にも、イスラム教徒からは抗議が来ているという。


風刺画も風刺画家も読者もイスラム教徒も、すべてを侮辱しているであろうこの本は、誰のためにも何のためにもならない。


考えられる唯一の得といえば、この本がことのほか売れて、出版社が儲かることくらいだろう。


単なる売名行為だとしたら、お粗末すぎる。









 フィガロ紙がさっそく関連記事を掲載 ↓

http://www.lefigaro.fr/flash-actu/2015/02/10/97001-20150210FILWWW00209-japon-un-livre-pour-expliquer-charlie-hebdo.php

記事では、日本にはシャルリー・エブドに相当する風刺新聞が存在しないこと、そして原発事故をネタにしてはならない風潮があることなどを紹介した上で、

「本というよりは“ミニ雑誌”に近いこの書物は、イスラム教徒などを憤慨させそうな風刺画に多くのページを割いている。」

と、この本の偏った内容を批判している。





追記:3月11日、同記事がネット新聞・日刊ベリタに掲載されました。

http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201503112107253



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Je suis Charlie」カテゴリの記事

コメント

どこまでも西洋側の視点で物事を語れるあなたが不思議でなりません。
私とあなたは違う。でも、なにが違うのだろうか・・・とずっと考えさせられています。西洋が一番、西洋が正しい、日本人という出自をお忘れであるかのように日本に対する言及は厳しいものばかりが目立ちます。まるで、あなたは多数の日本人とは違うとでも言いたげに。

売名行為というのであれば、この出版社ではなく、シャルリーエブド社の方でしょう。そして、誰のための本であるのかというなら、そもそもシャルリーエブド社のあの風刺とは名ばかりのあれこそ、だれのものだったのでしょうか。シャルリーは正義。他は不正。悪。そうした決めつけが文章に滲み出ています。そして、なぜ私があなたに手厳しい指摘をするのかをお伝えすれば、フランスに住んでいるというだけで、あなたの主張を誤解しかねない日本にお住まいの方々への警告です。その国に住んでいる程度では、その国の本当の姿などみえないと。


風刺画掲載本出版の運び、こういうことはタイミングを逃さず迅速です。しかし、ネガティブ感のあるモザイクを、絵の中の人物に掛けるという手段、これこそが究極の風刺画になってしまうのではと考えます。この加工をした時点で、違う作品と化し、シャルリの風刺画とは離れてしまうのでは?(実際に見ていないので、想像ですが。)またしても、シャルリに憑いた亡霊が一人歩きしている感あり。
この出版社が真剣に「風刺画の意味を考えよう」という気概は、恐らくないでしょう。が、日本国内にもイスラム国の脅威が吹き荒れた直後ですから、扱う書店も自粛モードのようですし、何だか「表現の自由?」はここでも消えそうな様相。。
シャルリの風刺画は、フランスという土壌ならではの問題だったわけですが、欧州からも中東からも遠い日本も、もう他人事として、見物している場合ではありません。本気で考えて、立ち回らねばならないのです。

この本は、風刺画48点を入れてA5判64ページだそうですので、風刺画のメッセージを読み取れるほど詳細な解説はしていないのではないでしょうか。フランスの風刺画は、文化だけではなくて、現在と過去の時事問題、言語(言葉の背景、スラング、言葉遊びなども含めて)なども分かっていないと理解できないので、1つの絵に1ページや2ページの解説を付けてくれなければ、外国人、特に風刺ニュースの文化がない日本人には絵にしか見えないはずです。

日本で批判されたカナール・アンシェネの福島原発を扱った風刺画も、大きく描かれているマイクを持った男性はNelson Monfortで、この人は長野冬季オリンピックの中継で「こちら長野、こちら長野…」と繰り返して肝心のことは何も報道しないと馬鹿にされたジャーナリストなのだ、という説明が必要でした。この風刺画は読者の気を引くだけに入っていて、「福島は完全にコントロールできている」という安倍首相の発言には根拠もないことを長々と立証している肝心の本文については、日本では(意図的だったのでしょうが)全く紹介されませんでした。

第三書館はイスラム関連の本を多く出しており、この本はシャルリー・エブドがヘイト表現をしていたと主張するものだそうですが、イスラムの肩を持つ本にはなりえないので奇妙です。話題に便乗した売名行為だろう、と私も思いました。タイトルからして、好奇心に呼びかけていますし。さもなければ、イスラム国の日本人拉致者を死なせて盛り上げたテロの恐怖くらいでは軍隊を持つように法律を変えるのは不十分なので、日本で1つくらいテロを起こして驚かせようという働きかけがあったのか、などと勘繰りたくなります。

「言論の自由」を連呼する声への違和感を朝日新聞に寄稿した映画監督・作家の森達也さんが、その文章の掲載依頼を断った理由はもっともなので、この本に不信感を抱かせました。
「どの絵を載せるかはっきりせず、出版の趣旨に十分納得できなかった。モザイクをかけても預言者の姿はあるのだから、イスラム教徒には許しがたいはずだ。さらに映像表現に従事する立場としては、ネガティブさを強調する記号であるモザイクを安易に使うべきではないとの思いもある」と森さんは話す。
http://digital.asahi.com/articles/ASH2B5J5TH2BUTIL02W.html

外国にいると祖国への愛情がやたらに大きくなってしまうのを私も経験していますが、Ryokaさんにはその傾向が強いのだろうと感じて心配しています。お気をつけくださいね~。最近の日本には異常な空気が流れています。「何があって、そんなに苛々しているの?」と心配して声をかけたくなってしまう人たちが多くなりました。ウエブサイトに書き込むコメントやツイッターの語調にしても、ターミナル駅で人を蹴飛ばさんばかりに歩いてくる人たちにしても…。ストレスに押しつぶされながら生きる人たちが増えて、何かを攻撃しないと収まらない気分になっているのだろうと思います。安倍首相が暴走できるのも、それを支持する人たちが大勢いるという自信からなのでしょう。日本政府のマスコミ操作は尋常ではありません。何とかしないと、飛んでもない方向に日本は進みそう…。

安倍さんが中東で2回も挑発的な演説をしたのに加えて、HNKワールドでは自衛隊の軍事演習を見せていたと教えていただいて、拉致者を早く消したい意図があるのだろうと推察したのですが、その通りになってしまいました…。ずっと落ち込んでいたのですが、今の日本が危機な状況になっていると警鐘を鳴らす人たちも出てきたので、少し救われた気がしています:
http://blogos.com/article/105276/

 こんにちは。同じく在仏の者です。コメントへのコメントしてもいいですか?このギモンを、誰か本当に分かち合える人に問いかけてみたいと思っていたので。Ryokaさん(でいいのかな、お名前は?)は、そのような人の気がします。

 私たちのような在外の日本人が、自分の信条や思想にもとづいて意見を述べたとき、それが(ある種の)日本人の目に「西洋側の視点」と映るとき、なぜ、「日本人なのになぜその発想ができるのか?」とか「自分が日本人であることを忘れたのか」とか、言われなければならないのでしょう? 私には全然理解できません。 同じパスポートをもっていても、これまでの教育とか影響を受けた本、人生経験などで、なんでも同意見になるとは限らないことが、いまや日本人には受け入れられないのでしょうか?

 単純に「西洋が一番、西洋が正しい」と西洋崇拝しているのではなく、深く思考した結果抱くようになった意見が、西洋あるいは欧米の某国で主流のものである場合、そのことを厳しく非難・追及してくる日本人がいることに気付きました。その例を今まさに、コメント欄で見て、頭の中は???です。

 「日本に対する言及は厳しいものばかり」なのは、今、本当に、「日本、いったいどうなっちゃってるの?」と心配になることが多すぎるからなことが大きな理由だと思いますが。(もちろん、フランス社会についても、厳しいことばかり書こうと思えば、楽々書けちゃいますよね、私たち・・・笑)

 「決めつけが文章に滲み出ている」って・・・何を勝手な、それはこのコメント主さんの文章も同じことですから、お気になさらないことです。

 ただ、フランス在住というだけで、何を言っても日本在住の(特に異文化感受性の低い)日本人には多いに誤解されやすいということは、本当です。しみじみ感じてます。どうかご自愛を。

とおりすがり②さん


お名前に②がつきましたね(笑)これで、他の通りすがりさん(いればの話ですが)と区別できます。


>どこまでも西洋側の視点で物事を語れるあなたが不思議でなりません。

私には、どこまでも現政権を信用し続ける日本人が不思議でなりません。


>日本に対する言及は厳しいものばかりが目立ちます。

ここ数ヶ月の日本は異常です。このブログの過去を遡ってみてもらえればわかると思いますが、私の日本批判は秘密保護法が可決されてから始まったことで、それ以前は日本に対してこれほど憂慮したことはありませんでした。(原子力ムラに対する批判はもっと前からするべきだったのかもしれませんが、なんせ子育てで忙しく、それどころではありませんでした。)


>そもそもシャルリーエブド社のあの風刺とは名ばかりのあれこそ、だれのものだったのでしょうか。

テロ以来、シャルリー・エブドやその他の風刺書物が、フランスにはなくてはならないものだということに気づかされました。色々反論する人はいますが、シャルリー・エブドが表現の自由の象徴だということはフランス国内ではほぼ共通の認識です。シャルリー・エブドを始めとする風刺画家は今までどおりに描きつづけていくだろうし、それが彼らの使命だとも思います。“絵が好きじゃない”、“絵が汚らしい”という理由でシャルリー・エブドを批判している人がいますが、あれはあのインパクトがあるからこそ人の目を引き、風刺として成り立っていると理解しています。


>シャルリーは正義。他は不正。

こんな風に思っていると解釈されるのは残念です。あくまで記事を読んでの感想ですが、この本にはポリシーが感じられず、出版の意図がはっきりしません。出版社側のつじつまのあう意図をご存知なら教えていただきたいです。


>その国に住んでいる程度では、その国の本当の姿などみえないと。

↑これは、日本にいる安倍政権を支持する人、そして政治に無関心な人たちにそっくりそのまま当てはまります。


国籍がある限り(日本人である限り)、日本のありのままを受け止めるのが当然だというのが貴方の考え方だと解釈しています。でもそれでは、政治が間違いを犯して暴走したときに取り返しのつかないことになるまで傍観することになります。おかしいと感じたときに、誰かが指摘しなければならない。それはもちろん政治家や識者であるほうがいいわけですが、一般市民だって政府に言いたいことがあれば言っていいわけです。それは国籍とはなんら関係のない一個人の権利です。


このコメント欄に、かよこさんという方が貴方のコメントに対するコメントを残されました。全く同感です。是非読んでください。

Kazukoさん


応援・・・ではなくて、応戦ありがとうございます(笑)


>風刺画掲載本出版の運び、こういうことはタイミングを逃さず迅速です。

本当に。テロから一ヶ月ちょっとで出版されたので、直後から企んでいたのでしょう。


>本気で考えて、立ち回らねばならないのです。

おっしゃる通りです。でももう既に過去のことにしてしまった人が大勢いそう(汗)で、結局一番手ごわいのは彼ら(=無関心層)なんだと思い知らされる今日この頃です。


Kazukoさんの次にコメントをくださったfranc-alleuさんの一つ目のリンクに、白水社が「シャルリ・エブド事件を考える」という、月刊誌「ふらんす」の別冊を来月発売するという情報が載っていました。ご存知かとは思いますが、フランス関連の書籍を多く出版していることで有名な出版社なので、こちらは読んでみる価値がありそうです。

franc-alleu さん


お久しぶりです。


テロ以来、日本人にフランスの風刺画を理解してもらう難しさは、嫌というほど思い知らされました。貴方の言うとおり、一つの風刺画に数ページの解説をつけない限り、風刺画を知らない人にとってはただの絵になってしまうということに全く同感です。


>安倍首相の発言には根拠もないことを長々と立証している肝心の本文

あの原発の風刺画に記事がついていた(というかついていたのは風刺画のほうですが)のは知っていましたが、そのような内容だとは知りませんでした。そういえば貴方はカナール・アンシェネ派でしたね。我が家でも夫が「シャルリーが出ない間の代わりだ」とか言いながら買うようになりましたが、言葉遊びが高度なので、私はしばしばタイトルで挫折して記事を読む気力を失っています(汗)


>イスラム国の日本人拉致者を死なせて盛り上げたテロの恐怖くらいでは軍隊を持つように法律を変えるのは不十分なので、日本で1つくらいテロを起こして驚かせようという働きかけがあったのか、などと勘繰りたくなります。

秘密保護法可決以来、色々勘繰ってしまうのは私も同じです。たとえこの件に政府が関わっていなかったとしても 、政府や政府関係者と同じように考える国民がどんどん増えているので、そういう思惑があった可能性は十分にありそうです。


>ネガティブさを強調する記号であるモザイクを安易に使うべきではないとの思いもある」と森さんは話す。

モザイクに関しては私も全く同感です。“安易”という言葉が、モザイクに限らず今回の出版そのものを表している気がします。


>外国にいると祖国への愛情がやたらに大きくなってしまうのを私も経験していますが、Ryokaさんにはその傾向が強いのだろうと感じて心配しています。

お心遣いありがとうございます。以前にもそのようなことを仰っていたのを思い出しました。祖国への愛情が強い自覚もなく、特に自分のやっていることに大きな不安を感じていないので、そう言われると心配になります(笑)これでも専業主婦なので、ブログはほどほどにしているつもりですが、あんまり変なことを言うようになったらご指摘ください(もう言ってるかもしれませんが(笑)


>最近の日本には異常な空気が流れています。「何があって、そんなに苛々しているの?」と心配して声をかけたくなってしまう人たちが多くなりました。

私は貴方も在仏だと思っていたのですが、今は日本にいらっしゃるのですね。こういうこと↑はやはりその場にいないとなかなか感じられないことです。このブログのコメント欄の暴言は決して例外ではなく、人々の心が荒んでいる様子が目に浮かびます。


二つ目のリンクに関しては、私も数日前に知って少し希望を持ちました。ただ、普段は群れない人たちまで参加しているということは、もう個人ではどうにもならないところにまで来ている証拠でもあるんだと、複雑な気持ちにさせられます。

かよこさん へ


はじめまして

とても興味深いコメントありがとうございます。

「西洋側の視点」というのは、私も言われて初めて意識しました。フランスに住んでいるからといって、いちいち自分の考えていることを「これってフランスっぽいなぁ」とか意識しながら生活していないですよね。


かよこさんのコメントを読んでから色々考えたのですが(そのせいでお返事が遅くなってしまいましたが)、このことは集団主義の日本と個人主義のフランスの違いが関係しているのではないでしょうか。

集団を大切にして、異質なことを排除しがちな日本に対して、フランスは良くも悪くも個人を尊重する。フランスだと「私」は「私」でそれ以上は追求されないのに、日本では周りが「私」をどこかに属させようとします。

集団主義のために秩序や規律に重きを置くことで、「日本人はこうあるべき」という定義のようなものを多かれ少なかれ抱きながら生きている日本人が多いのではないでしょうか。だから、その定義から外れることを言ったりやったりする人は必然的に非難される。(最近はその傾向が強くなっているので、こんなブログまで攻撃してくる)


かなり前にスノーボードの国母選手の腰パンが問題になったことがありました。何が駄目なんだろうと思っていましたが、一般的な日本人の規準で考えるとアウトなんだということを後になって理解しました。

おなじスポーツ選手でスケートの安藤美姫選手が出産したときもそうでした。まるで出産と結婚がセットであるかのように、結婚しないことを非難されていましたよね。同じ規準でフランスをみれば、親の半数近くを非難しなければなりません。


あともう一つ、日本人がこだわりがちなものに「肩書き」があります。

少し前に日本人の大学教授だったか誰かが「欧州にきていいと思うのは、だれも私の肩書きを詮索しないこと」とツイートしていました。

この考察は至極最もで、会話をするときに「私とあなた」というシンプルな設定であるのと、「27歳・会社員・独身・日本在住の日本人の私と36歳・主婦・フランス在住の日本人のあなた」という設定を常に頭の片隅に置きながらというのでは、会話の中身が随分変わってきます。

私たちが、フランスのほうが精神的に楽だと感じる理由もここにあると思います。そして嫌な思いをする理由も。例えば「店員」と「客」も当然「私」と「あなた」になるので(笑) フランスに来た日本人なら誰しもが一度は苦い思いをしたことがあるはず・・・


ただ、こうやって「フランスにはこういう傾向にある」とか「日本人はこう考えがち」というと、「お前こそ定義を作ってるじゃねーか」とか言われそうですが、これは定義ではなく指摘だということを、見当違いな反論がある前に断っておこうと思います(笑)


と、色々書いてみましたが、かよこさんの疑問に答えられたかどうかはわかりません。

でも貴方がほのめかしたように、日本とフランスの両方の社会を経験した私たちに生涯つきまとうテーマであることは確かです。(日本との関係を絶たない限りは・・・)

遅ればせながら… お久しぶりでした。「私もそう思う」と書きあげたとき、送信の段階で拒否されたことが何回かあったのにめげて、コメントを入れようとするのは止めていました。その後、外国からのコメントは入らないらしい、でも入れることができるようになった、とのご報告がありましたが、本当に入るようになったのかは試しておりませんでした。


>テロから一ヶ月ちょっとで出版されたので、直後から企んでいたのでしょう。


パリの事件のときに「言論の自由、報道の自由に対するテロを断じて許さない!」と息巻いたどこかの国の首相は、「フランスのテロ事件でイスラム国がクローズアップされている時に、ちょうど中東に行けるのだからオレはツイている」と嬉しそうに語っていた、という官邸関係者のリークがありました。それに比べたら、出版社が考えたのは可愛いビジネスと言うべきでしょうね…。
http://www.news-postseven.com/archives/20150126_299837.html


そこまで浮かれてお金をばらまいたのかどうか知りませんが、Les Guignols de l'infoなどだったら、それをでっちあげてでも人形にそう言わせていたでしょうね。どこの国にも腹立たしいことを言う政治家はいますが、日本にも風刺ニュースがあったらフラストレーションが軽減されるのにな… 。


>あの原発の風刺画に記事… そのような内容だとは知りませんでした。


こちらに記事の文章が入っています:
https://resistanceinventerre.wordpress.com/2013/09/12/et-a-fukushima-les-shadoks-pompaient-pompaient/
これで全文だったと思いますが、カラーの絵はブログ主が入れたもので、新聞記事は文章だけでした。


カナール・アンシェネのタイトルの付け方の見事さには、しばしば脱帽します(フランス人に解説してもらわないと理解できませんが!)。この福島原発の記事も、40年前のフランスで流行ったアニメ「Les Shadoks」を出してきたのは素晴らしいと思いました。

かよこさんの「なぜ?」は、私も不思議に思っていたことだったのですが、やっと謎が解けたところです。


「反日」をキーワードにして検索してみると見えてきますよ。日本の旧植民地の人たちなどが持つ敵意のことだと思うでしょう? でも、最近は「非国民」の意味でも使われているのでした。日本に帰化した外国人、外国で生まれた日本人、さらには外国に住んでいる日本人も、生粋の日本人ではないという烙印を押して、今の日本が進もうとしている方向を妨げるヤカラとして非国民の烙印を押しているようです。コイツ、気に入らね~ と思われると、「あなたは本当に日本人ですか?」なんて言ってきます。「日本人になりすましている○○人」などという言い方も使われていますが、こんな凄まじいヘイト表現が他の国にもあるのでしょうか?…


一部の極端な考え方をする人たちがそういう見かたをしているだけではなくて、会ったら楽しくおしゃべりできそうな普通の、善良な人たちがそうなっているのだから怖いです。ジワジワと膨らんできた傾向ですが、私は東日本大震災の後に決定的になったのではないかと感じています。


3.11の時に私はフランスにいて、日本に帰ったのは5月末。友人たちに会って話しをしたら、何だか日本人は変わった、と気がついたのです。
① 福島原発の事故について、外国はいい加減な情報を流して風評を広めていると批判する。
② 「あなたはフランスにいるから…」と、私が日本のことを考える資格がないかのように言われた。
③ 「日本は素晴らしい国なのよ」と私に強調するのを奇妙に感じた。


フランスでニュースを追っていた私は、胃潰瘍で死ぬかと思うくらい日本のことを心配していたのですからショックでした。集まった仲間の中には、むかしは原発反対デモに参加したという友達もいたし、私に輪をかけて批判精神が旺盛な仲間たちだったのですが、誰も原子力ムラの話しなどはしないのでした...。


津波の被害の大きさに加えて、解決の見通しもたたない福島の原発事故。その危機的状況を乗り越えて頑張るために、日本では排他的な空気ができたのではないかと思います。鎌倉時代の蒙古襲来のときに神国思想が形成されたのと似ているのかも知れません。


気がついてみると、最近のテレビでは、日本の伝統技術や現代技術が優れていることを見せるテーマの番組が驚くほどたくさんできています。外国人たちが「日本の技術は素晴らしい」と感嘆している姿を見せる番組も幾つかあります。昔の日本では、外国人が日本の批判をするのを聞くのが好まれていることに私は反発を感じていました。フランス人だと名乗って日本人作家が書いた『不思議の国ニッポン』シリーズなどが大ヒットするのも気に入りませんでした(読めばフランス人的は考え方でないと分かるので)。でも、今は180度逆転して、外国人には日本人より劣っていることを認める役を演じさせるのが喜ばれるようです。馬鹿みたいに「日本は素晴らしい!」と連発しているのを見ると、プライドが傷つかないのかな... とさえ思って、見ているのも辛いです。


ここのところイスラム国拉致事件のニュースを追っていて、放送局が一律に従う報道シナリオが見え見えなので、その先の予測をすると的中できるようになりました。意外な展開がないストーリーなので、簡単に読めてしまうのです。最近は、イスラム国が日本のことを知りすぎているので、情報を流している日本人がいるらしい、と出てきた。「反日」と言われる人たちが役割を話しているというシナリオになるでしょうから、気をつけないといけない、と自分に言い聞かせました。外国語ができるなんていうのは、恰好の証拠にされるでしょうから危険!


でも、もう、すでにそういう捉え方は始まっていたのでした。こわ~い!
http://lite-ra.com/2015/02/post-874.html


>祖国への愛情が強い自覚もなく、特に自分のやっていることに大きな不安を感じていないので、そう言われると心配になります(笑)


Ryokaさんは日本のことを心配しているのであって、それが本当の愛国心ですよと、②さんに言いたくて書いただけでした。でも、「反日」と烙印を押して拒絶する人たちがいるわけなので、まともに付き合っていたら病気になってしまうので気をつけて、とも言いたかった。頭から烙印を押しているわけなので、議論なんかできないです。


>あんまり変なことを言うようになったらご指摘ください


政府に都合が悪い情報を書いているブログでは記事が消えたり、Twitterをクリックすると「有害サイト」と出たりするようになってきましたが、Ryokaさんは過激なことを書いているわけではないので問題はないと思います。


でも、老婆心から言わせていただいてしまうと… コメントの設定は承認制になさったら? コメントを入れるとすぐに表示される形になっていたので心配しました。意地悪をしようと思えば、Ryokaさんの名前でだって書き込めてしまえるのではないかしら? 気がついて削除するまではネットに晒されてしまうので、不愉快だと思うのですけど…。


ココログでも、コメントの公開を承認制にできるようです:
http://cocolog.kaiketsu.nifty.com/faqs/17504/thread

Franc-alleuさん


>「私もそう思う」と書きあげたとき、送信の段階で拒否されたことが何回かあったのにめげて・・・


やはりそうでしたか。管理人の私でさえコメント返しができなかったので、諦めた人は貴方以外にも結構いたのかもしれません。せっかくのコメントをいくつも逃したかと思うと、残念でなりません。もっと早いうちにブログを引っ越しておけばよかったのかな。でもココログは寛容なのです。他のサーバーのように記事やブログを消されたという話はまだ聞いたことがないので(私が知らないだけかもしれませんが)、なかなか引越しの踏ん切りがつきません。フランスのサーバーも色々見てみましたが、記事は日本語で書けてもそれ以外の表示は全部フランス語。フランス語を解しない日本人も沢山見ていることを考慮すると、今度はコメントの仕方さえわからないという可能性もあり、それでは元も子もありません。Wordpressなら全部日本語でできそうですが、私の微々たるネットの知識でしっかり管理ができるか怪しいです。あっでも、コメントはアドバイスどおり承認制にしてみました。色々親身になって調べていただきありがとうございます。


>日本にも風刺ニュースがあったらフラストレーションが軽減されるのにな… 。


本当に。日本にこそ風刺が必要だと私も思います。


カナール・アンシェネの原文リンク、ありがとうございます!自分でも探してみたのですが、見出しを知らなかったためか見つからなかったので嬉しいです。


記事に目を通してみましたが、素晴らしいの一言です。自国の原発関連組織のミスを指摘することを忘れていないところ、貴方が称賛しているように事故が収束していない様子を「Les Shadoks」に例えたところ、そして何よりもリズムがいいところ 等々 読みながら実際の光景が次から次へと目に浮かび、秀逸すぎるほどの記事でした。


「Les Shadoks」はYoutubeで初めて見ましたが、これもフランス人にしか受けなさそうですね(笑)私は、絶妙に言い当てていると感心しましたが、日本人が知ったらまた勘違いして怒りそう・・・


「反日」に関する詳細な説明、ありがとうございます。なるほどそういうことだったのかと合点がいきました。かよこさんにも伝えておきます(メールアドレスが添付してあったので)。


>その危機的状況を乗り越えて頑張るために、日本では排他的な空気ができたのではないかと思います。


実際に経験していない、住んでもいない、見てもいないのに口を出すなという心境なのでしょうね。福島県が復興・再生を掲げる知事にまかされている理由も、一定の日本人が安倍政権を支持する理由もこれで説明がつきます。


>最近のテレビでは、日本の伝統技術や現代技術が優れていることを見せるテーマの番組が驚くほどたくさんできています。


この話はときどき耳にします。そういえば、そのうちの一つからこのブログにも協力依頼があったことを思い出しました。「日本製のこんなものがこんなところで重宝されているという実例を知らないか」、という内容でしたが、知らない上に記事の内容と全く関係なかったので無視しました。 


>放送局が一律に従う報道シナリオが見え見えなので、その先の予測をすると的中できるようになりました。


これは外からでもわかるくらいなので、実際に国内メディアに触れていると更に露骨に感じそうです。貴方のように客観的な視点を持っていればの話ですが。


【政府批判=イスラム国寄り】←私もこの方程式を知ったときは、開いた口が塞がりませんでした。リンク先の見出しの通り、「戦前並みの言論統制」の一環としか言いようがないです。


>「反日」と烙印を押して拒絶する人たちがいるわけなので、まともに付き合っていたら病気になってしまうので気をつけて


そうなんですよね。実際に膀胱炎に罹って、その危険性を思い知ったところです。(実はあのあと結局再発して、しかも一回目より痛くてどうなることかと思いました(汗))それにしても、同じ日本人にここまで拒絶される日が来るとは。しかもまだ酷くなる可能性があるという・・・

※かよこさんより、以下のコメントができないとメールで報告がありました。遅ればせながら管理人が代理で投稿します。


こんにちは。たった今最新コメントを読ませていただきましたから、メールでのお知らせは不要ですよ。お忙しいことでしょうから・・・(いえいえ、何かあればメール下さっても、それも大歓迎です)


「反日」うんぬんの件は、そういうキーワードは把握していませんでした。ただ、何かヘンな動きがある、しかも「ごく普通の」日本人にもかなり強力に、広範囲でひろまっている、とは感じていました。それゆえの一度目のコメントでしたので。


しかし、これは傾向が3・11以降極端になっただけで、その種は以前からあったかも? 1990年、日本が経済大国になり、日本企業が世界各地に進出、不動産を買いあさり、国内では何かと「国際化」が叫ばれていた頃(いまでも?)に出版された「日本人をやめる方法」(杉本良夫著)を最近読み直しました。


著者の言う「日本人をやめる」とは、日本国籍を捨てることではなく、「広い意味では、日本文化のなかにある束縛的なしきたり、日本社会の非民主的な枠組み、日本人の日常生活を支配する非人間的な構造にアカンベーをする人間になるということ」なのですが、2015年に読み直してみて、この本は、日本社会が日本人(在外者も含め)に日本の国益に貢献することを暗黙のうちに要求してくる仕組みを書き出している、と思います。


書きすぎて、このブログが言論統制の対象になったりすると大変なので、きょうはこのへんで。

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