隣近所のフランス人

2014年1月24日 (金)

セバスチャンをめぐる隣近所にはびこる確執 (つづき)

セバスチャンをめぐる隣近所にはびこる確執 のつづき)



前回の記事を書いた時点では、解決策が浮かぶわけでもなく、このままほとぼりが冷めるのを待つしかないと思っていたのですが、一昨日更なる展開があったのでつづきを書きます。


火曜日の夜、上階に住むルウ(8歳)のママから電話がありました。


「セバスチャンの父親と彼に同調する人たちが私たちを“訴えた”の。それで、駐車場で遊ぶ子供たちが迷惑だと思ったことはない、という趣旨の署名用紙を作ったからサインしてくれないかしら?」


何でも物事を大袈裟に語るルウのママの言う“訴えた”というのは、よくよく聞いてみると、アパートの管理会社に“苦情を言った”ということ。


それにしても、訴えるだとか、署名だとか、ほとぼりが冷めるどころか数日で更に大事になっていてびっくり。



翌日、夫婦揃って、ルウのママと話をしてみると、親たちがセバスチャンを除け者にする理由がはっきりしてきました。



事の発端は3年前、つまりはセバスチャン一家が今のアパートに引っ越してきた頃にさかのぼります。


その頃は、今のような確執はなく、子供同士も放課後になると毎日のように仲良く遊んでいたそうです。


ある日のこと、いつものようにサッカーをしていたら、A君の蹴ったボールがセバスチャンのお腹に強く当たりました。遊び終えても「まだ痛い」とセバスチャンが訴えたので、父親が病院の救急外来に連れて行きました。すると、即手術が必要だということで、救急車に乗せられ県庁所在地の大病院まで搬送されたそうです。どんな手術だったかは、ここでは割愛しますが、息子の体を傷つけられたことに怒り狂った父親は、A君の両親を訪ね「もうお宅の子とは遊ばせない!」と言ったといいます。


張本人のセバスチャンは、怪我をしたことを気にかけることもなく、その後も父親の制止を振り切って、他の子供たちと遊び続けました。


そもそもが、A君もわざと怪我をさせたのではないし、セバスチャンが外で遊びたがるのは8歳の子供として当然のこと。


それなのに、父親は、セバスチャンが他の子といるのを見かけるたびに暴言を吐き、「うちの子と遊ぶな」という趣旨のことを繰り返したといいます。


それに痺れを切らしたのが、A君を始めとする子供たちの親。


セバスチャンの父親の執拗な暴言から子供たちをかばうために、「もうセバスチャンと遊ぶのはやめなさい」と言ったのが始まり。それがエスカレートして、親までもがセバスチャンを避けるようになり、今の状況に陥っているということなのです。


セバスチャンの父親がしていたことを他の親がやり返すという、目には目をというか、ミイラがミイラ取りになったというか、演劇の題材になりそうな話ですが、やはり、どちらにせよ、このまま放っておくわけにはいきません。


前回も書いたように、父親を説得するのは論外。彼が変わるのなら、世の中に争いごとは存在しないでしょう。


この話の解決の鍵を握っているのは、紛れもなく他の親たち。父親に対する憎悪は持ち続けても、セバスチャンを除け者にするのは、一人の大人としていかがなものかと自問自答するべきであって、標的を摩り替えていることにも気づいてもらう必要があります。


除け者にする親の一人であるルウのママに、思うところを夫婦揃って力説してみましたが、どこまで通じたのかはわかりません。



終わりがけにルウのママがこんなことを言いました。



「あなた達のところにも、いつか禁止令が下るわよ。」



そうかもしれない。でも、例えそうなったとして、父親と一緒のセバスチャンを避けることはあっても、父親のいないところでセバスチャンを無視したり除け者にすることは絶対にない・・・と思いたい。







2014年1月21日 (火)

セバスチャンをめぐる隣近所にはびこる確執

ここ数日、隣人セバスチャン(もうすぐ12歳)をめぐって、隣近所に張り詰めた空気が漂っています。


事の発端は、セバスチャンの父親。


近所の子供たちがセバスチャンに暴言を浴びせているのを知った彼は、子供10人、大人4,5人が集う駐車場にわざわざ出向き、


「おい!ここは○○界隈(※)じゃないぞ!消えうせろ!」  (※ 我が町の移民界隈のこと)


と暴言を吐き、その後自宅のベランダから駐車場に向けて携帯電話でビデオを撮るふり(?)をするなど、挑発ともとれる行為を続けたというのです。


気に食わない相手には、とことん悪態をつくセバスチャンの父親ですが、暴言、暴力の原因はいつも、セバスチャンに対する“いじめ行為”。息子をかばうつもりが、悪態が裏目にでて、状況を悪化させるのがオチなのです。


そして、そういう彼の悪態を放っておけない他の親たちが逆切れして追い討ちをかけます。彼らの怒りの矛先は、なぜか父親ではなく、セバスチャンに向けられてしまい、「あなた、もううちの子と遊ばないで」とセバスチャンに直接言う親もいれば、「うちの子をセバスチャンと一緒に遊ばせないで」と、我が家に頼んでくる親までいます。


でも思うのです。セバスチャンの父親の行為は救いようがないにしろ、セバスチャンに罪はありません。父親を嫌うならともかく、我が子と一緒になってセバスチャンを“苛(いじ)める”のは、あまりにも理不尽ではありませんか。


そのことをわかってもらおうと、旦那さんがその場で他の親たちに説明してみましたが、親たちを説得することはできませんでした。


隣近所のいざこざはこれが初めてではありません。


一人暮らしの高齢のフランス人女性が、アフリカ移民系の子供たちに対してあからさまに差別発言を繰り返したり、「飼い犬がうるさい」と、階段ですれ違いざまに犬を叩く住人がいたり、近隣に住んでいない人間が駐車場で遊ぶ子供たちに暴言を吐くなど、蔑(さげす)み、罵る人が後を立たないのです。


ただ、セバスチャンのように、老若男女問わず、よってたかって標的にする“いじめ”は、今までのフランス生活で初めて目にしました。


セバスチャンの父親は、決して村八分というわけではなく、気の合う住人と世間話で盛り上がっている姿をよく見かけます。原因を作る父親でも居場所があるのに、セバスチャンだけが一人、我が家以外に除け者にされ、他の子供たちと遊ぶのを諦めざるを得ない状況に置かれています。同年代の子供が近所に山ほどいるのに、うちの3歳児としか遊べないなんて、酷すぎる。


これを単なる“いじめ”という言葉で片付けていいものなのか、いじめている側(特に親)に心の闇があるからと諦めるべきなのか、セバスチャンを庇(かば)う私たちが異常なのか・・・解決策が見つかるどころか、自分の立ち位置まで疑ってしまいそうになります。


セバスチャン本人が楽天的で、それほど気にかけている様子ではないのが、せめてもの救い。



近所の子供たちを引き連れて「風立ちぬ」を観にいこうと思っていたのに、それどころではなくなってしまいました。







(・・・・なんということでしょう!!明日が「風立ちぬ」の公開日だというのに、我が田舎町はもちろん、隣町も、県庁所在地までも(!)映画館のプログラムに名前が見当たらないではありませんか!!!!いつまで待たされるんだろう(涙))






2013年12月 4日 (水)

白人を除け者にすることは差別にならないのか

数週間前の話です。


秋休み中に、上階ルウのお兄ちゃん、ナトン(11歳)が災難に見舞われました。


子ども会の集まりでサッカーをしていたときのこと。


些細なことで他の子供たちと口論になり、そのうちの一人に、






お前はアルジェリア人でもモロッコ人でもない!もう来るな!






と言われ、その言葉に同調した数人がナトンに襲いかかり、脚を蹴るなどの暴力を振るわれた、というのです。ナトンの脚には無数の傷ができていました。


事件は、移民、もしくは移民系が多く住む界隈で起こりました。


町のサッカー場が、たまたまその界隈にあり、参加する子供も当然移民系が大多数を占めていました。


6年前に他界したナトンの父親はアルジェリア人で、義父はモロッコ人。ナトンにとって、移民系の子供たちは身近な存在であり、その日までは諍(いさか)いと呼べるようなことは何もなかったそうです。


それが、移民系ではないことを理由に暴言を浴びせられ、暴力まで振るわれたというから、やるせない。


移民系の生徒が多い小学校に通っていたのに、町の中心部にある移民系が少ない中学校に進学したことや、金髪に青い目で生まれた不幸(?)が、国籍うんぬんに追い討ちをかけたのかもしれない、とナトンのママは言っていました。


もしこれが、純移民系の子供に降りかかった事件で、加害者が純白人だったとしたら、大事になっていたでしょう。


被害者の親は警察はもちろん、SOS Racisme(人種差別団体)に電話相談して、それを聞きつけたメディアが、待ってましたとばかりに大々的に報道する・・・


一方で「白人」として標的になったナトンは泣き寝入りするしかありません。


なぜなのか?


それは、移民を悪者にすることが、ここフランスではタブーだから。


アフリカ諸国の植民地支配や、第二次世界大戦後に移民を粗雑に扱った歴史を負い目に感じたまま、移民と正面から向き合えずにいるフランスがあります。


一般人はともかく、国やメディアにはその風潮があります。


「移民にいじめられた」と白人が言っても誰も相手にしてくれません。


メディアや国の対応もさることながら、いつまでたっても変わらない移民の態度も問題。フランス各地に移民街を作り、移民同士で“肩を寄せ合って”生活している彼ら。2世も3世も劣等感を持ったままの人がほとんどで、フランスに“同化”しようとする人は至極稀。そんな環境で育つ子供たちが、今回のような暴言や暴力に走り、後に暴徒化しても何の不思議もありません。


フランスに馴染めない(馴染もうとしない)移民たちと、手をこまねくフランス。


どっちもどっちかもしれないけど、そろそろ本気で何とかしないと、ナトンのような被害は増え続けるでしょう。


田舎でこれなら、パリ郊外の実態なんて想像するだけで身震いがします。


うちの息子もいつ何どき標的にされるかわからないわけで、移民問題の深刻さについて考えさせられた出来事でした。




2013年8月 1日 (木)

セバスチャンを救え

うちの隣に、セバスチャンという11歳の男の子がいます。


引っ越してきたばかりの頃は、うちの息子とも年が離れているし、顔を合わせても挨拶する以外、接点はありませんでした。


冬になると外で遊ぶ子供が減って、成り行きで一緒に遊ぶようになったセバスチャンと息子。


平日の夕方4時半以降と週末のほとんどを一緒に遊ぶようになってわかったのは、

① 意味もなく興奮する
② 年下でも容赦しない
③ 遊んでいる最中に「Je suis là !(僕はここだよ)」と言って、あからさまに人の気を引こうとする

というセバスチャンの生態。


セバスチャンと遊ぶ度に、息子が怖がるか泣かされるかで、帰宅を止む無くされていた私達は、自然と彼を避けるようになりました。


春の訪れとともに、外に戻ってきた子供達に混じって、セバスチャンはいつもの調子でエスカレート。


それを好ましく思わない親達が、わが子をセバスチャンから遠ざけるようになり、親の言う通りに避ける子供が増え、見かけると一人でいることが多いセバスチャン。


そんな孤独を回避しようと、隣近所のチャイムを片っ端から鳴らし、一緒に遊ぶ相手を探す彼の姿を何度も見かけました。うちも例外なく、毎日夕方5時前後にチャイムがなり、そこにはセバスチャンがいて、もっともらしい理由を告げては諦めてもらう、というのを繰り返してきました。


セバスチャンと知りあってから半年間、彼の家族も観察してわかったのは、両親が必要最低限のこと以外、彼にかまっていないということ。例えば・・・

① 学校の成績に無関心。

② サッカーやバスケットなどの習い事にかかる会費100ユーロ程度を出し惜しむ(フランスに部活はない)。

③ 彼の欲しい物(例えばサッカーボール)はほとんど買い与えない。

④ 誕生日がクリスマスと3ヶ月も違うのに、「プレゼントはクリスマスに買ったから」と言って、彼の誕生日を無視する。

⑤ 彼の友達づきあいにも無関心(例えば、誕生日会に呼ばれているのに、車での送り迎えを拒んだ親のせいで誕生日会に出席できなかったことがある)。

⑥ 父親は現在求職中で時間が有り余っているのに、セバスチャンに全く構わず、愛車の洗車や大工に精を出すばかり。 等々

父親が無職なら低所得だから子供のための出費がままならないのは仕方ない、という言い訳はフランスでは通用しません。なぜなら、失業手当に期限がなく、次の仕事が見つかるまで受け続けることができるからです。その上、彼の父親はヘビースモーカー。1箱千円のフランスのタバコに見切りをつけ、お隣のルクセンブルグまで行って買い占めるほど。その出費の一部をサッカーボール一個に当てるくらいできそうなものなのに、しない。


母親は、清掃業でフルタイムで働いていて、家にほとんどおらず、セバスチャンの衣食住を満たすだけで精一杯。


そんなネグレクトもどきが誘発したのは、セバスチャンの精神的な未熟さ以外に、小学校で留年2回、という哀れな現実。


実は、フランス人の大学入学前までの留年率は35パーセントを超えています。なので、小学校で留年することも珍しくありません。うちの旦那さんも高校で留年しています。それでも教師になれる程度の些細なこと。


でもさすがに小学校で留年2回は稀。本来なら、今年の9月から中学一年生になるはずが、セバスチャンは小学4年生(フランスの小学校は5年生まで)。


同じ年の息子を持つルウのママは、セバスチャンをサッカー教室やプールに連れて行ったりしたことがあるそうですが、他人の子供のために頻繁に出費するのが馬鹿らしくなって、やめたそうです。


何か改善策はないのか?


旦那さんと色々考えました。他人の子供とはいえ、息子と外に出れば必ずと言っていいほど顔を会わす相手。このまま誰も相手にしないと、あと数年で思春期を向かえ、取り返しの付かないことをしないとも限らない。


そこで、セバスチャンを避けるのはやめて、遊びに誘われたらできるだけ相手にする、という地味な対策を試みることにしました。


最初はこちらの忍耐を要し、息子に危害を加えられないようにいつも以上に配慮をしなければなりませんでした。でも一ヶ月もしないうちに、セバスチャンが落ち着きをみせはじめました。息子も自然とセバスチャンに懐くようになり、セバスチャンに年上の自覚が生まれる、という美しき相乗効果があり、いつの間にか息子に対する気配りができるようになっていたのを発見したときは、我が子のことのように感動。


その後も旦那さんお得意の文芸講座を、セバスチャンだけのために開いたり、チェスを教えたり、映画に連れて行ったりしました。そこで明らかになったのは、セバスチャンの意外な「集中力」。自分の居場所がないときは、人の気を引くのに必死で表に出てこなかった長所です。


今後にも有用だと思い、彼のために5ユーロ程度の世界地図も購入。旦那さんが「これ、部屋に貼っておきなさい。」と地図を見せたとき、セバスチャンの目が星のように輝きました。人の目が輝いたのを、私はその時、生まれて初めて見ました。彼がまだ穢(けが)れていない純粋な子供だと実感。


そうこうしてるうちに、(私達以外にセバスチャンに構う親はいないにしろ)子供達は彼を警戒するのをやめて、一緒に遊ぶようになってきました。


ところが、世は夏休み。他の子供が個々のバカンス先に旅立っていく中、当然のことのようにどこにも出かけないセバスチャン一家。


夏休みに入ってから、一時期減っていたチャイムの数がまた増えてきてしまいました。


私の両親がいるときはテニスに誘ったり、AMAPの野菜を一緒に取りにいったり、夏休みの予習ドリルをセバスチャンと息子の二人分買って勉強させたり(フランスには夏休みの宿題がない!!)、一緒に簡単な料理を作ったり・・・息子と歳の差があるだけに、みんなでできて飽きないことを探すのに苦労しています。


8月後半に旦那さんの実家に行くまでは、「きょうはセバスチャンと何しよう?」という日が続きそうです。






2013年6月 9日 (日)

ワーキングマザーとイタ飯と手抜き

ある晴れた日の近所のママ同士の会話↓


ママ A 「今日の夕飯何にしようかなぁ?」


ママ B 「うちは・・・そうだ!カルパッチョにしよ。切るだけでいいし♪」


ママ A 「カルパッチョかぁ。じゃぁうちは・・・ピザにしよう!」


ママ B 「うち、昨日ピザだった(笑)!」


ママ A 「ピザいいよねぇ~。」


ママ B 「そうそう、あとはバーベキューとか、準備するの私じゃないし~(爆笑)」



彼女たちは、2人とも、2児を持つワーキングマザーであります。ママAはアルジェリア系フランス人、ママBは純フランス人。


「カルパッチョ」は、材料を薄切りにしてドレッシングをかけるだけの、簡単料理。ママBの言葉通りなら、その日の夕食はそれだけ。そしてママAの言う「ピザ」はもちろん冷凍ピザ。この会話があったのは夕方の6時半。ピザ生地を自分で作るには発酵時間が足りません。どちらにせよ、イタリア料理の人気ぶりを証明したのは確か。


共働きがほとんどのフランスですが、やはり、料理担当は女性の場合が多く、よほどの料理好きでもない限り、悩みの種となっているようです。


スーパーのレジで他人の買い物をちらっと見れば、手抜きしているかどうかは明確。出来合いのもの、冷凍食品、缶詰などを山積みにしている女性をよくみかけます。


この時、見物に徹した私は、典型的とも言える、現代フランス人ワーキングマザーの会話を目の当たりにしたのでした。







2013年4月22日 (月)

イタリアキャラに不在を託した、翼くん

そのうち、日本の文部省から感謝状が送られてくるのではないかと思うほど、日本の(おたく)文化の流布に勤しんでいる、うちの旦那さん。


数日前も、上階に住むルウのお兄ちゃん(11歳)がサッカー少年だから、と言いながら、フランス語版「キャプテン翼 第一巻」を、(誰にも頼まれてないのに)貸しに行きました。我等の2歳児も同行。


数分後、戻ってきた2歳児の手に・・・








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・・・カリメロ


卓球のラケットくらいある、巨大カリメロ。


手ぶらで帰るつもりが、ルウのママに呼び止められ、チョコレートでできたカリメロをゲットした二人。


数ヶ月前にチョコレートの味を知って、チョコレート命になってしまった2歳児が、「あけるぅ?あけるぅ?」と夕食前にせがんできて、ルウのママをとっても恨みました。


そのルウのママ、ちょっとぽっちゃり、なんてお世辞にも言えないほど、アメリカンな体型。3人いる子供の学校、習い事の送り迎えで、自宅のある4階と駐車場を毎日5往復以上しているのに、知り合ってからずっと同じ体型。


でも、なぜだかわかってしまいました。うちにおすそ分けされた「カリメロ」は、復活祭のために買った、彼女の分。子供3人にも、一人一人に同じ「カリメロ」を配ったという話を旦那さんから聞いて、なるほど納得。カロリー摂取の次元が違ったのです。うちは、復活祭の日は、手のひらにおさまる小ぶりの「にわとり」を私以外の二人が食べただけ。それでも、「こんなにチョコレート食べさせて、駄目な親だなぁ私達」と、罪悪感いっぱい。


彼女に限らず、近所の子供にお菓子を与える親が異様に多い、うちの周辺。いや、前の町でもうちの2歳児にお菓子を与える人、後を絶たず。


よその子供にお菓子を与えるのは、子供の一瞬の笑顔を見るためだけの、大人のエゴです。



カリメロの本とかDVDだったら良かったのに・・・(あるのか知らないけど)









※ ちなみにこの「カリメロ」、息子が忘れ去った頃にどこかに寄付しようと思っていたら、一週間近く隠しておいたのに、本日突然泣きそうになりながら、「チョコレート、ルウのママの、どこ?」と聞かれ、それはそれは驚きました。恐るべし2歳児の記憶力・・・。














2013年2月11日 (月)

真冬にタンクトップ

北欧諸国とは比べ物になりませんが、フランスの冬は結構厳しいです。


南仏と言われるところでも、寒いときは本当に寒い。
ここ数年毎年雪も降っているようです。


南仏でこれなので、その他の地域の冬は北海道の冬に
似ています。


現在私の住んでいる町はパリより晴れの日は多いですが、
日中の気温が0度以下になっても誰も驚きません。
10月から4月までは寒いのが普通。10度以上あると
皆が「今日暖かいねぇ」と口をそろえます。


そんな寒い冬をタンクトップですごすツワモノがいます。
何を隠そう、うちのお隣さん。50代くらいのおじさん。
奥さん曰く、「冬でも窓開けて寝てるのよ」・・・
返す言葉がありませんでした。


しかもこの人、「タンクトップ」または「ジャンパー」という
ワードローブしかないようで、半袖とか長袖のTシャツを
着ているところをみたことがありません。


そしてこの事実を記事にしたもう一つの理由は、
以前住んでいた町にも瓜二つの若者がいたから。
その若者も、気温が10度以下になろうが、常にタンクトップ。
タンクトップが印象深すぎて他の姿が思い浮かびません。



要するに寒さに鈍感な人たち。タンクトップとまでは
いかなくても、真冬に薄着の人はよく見かけます。


寒い国に生まれるときっと体が慣れてしまうのでしょう。


いつまでたっても冷え性の私としては羨ましい限りです。












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