夏休み2013

2013年9月27日 (金)

バイリンガルなビール

バカンス中、旦那さんの実家に帰省して、トノン・レ・バン(レマン湖の畔)から家路についたときの話。


トノンー自宅間の往来は今回で3回目。スイスを通るのが効率がいいので、今回も迷わずスイス縦断ルートを選択。


スイスは高速道路の料金所がなく、年間40スイスフラン(約5千円)のフリーステッカーをフロントガラスに貼るだけで、スイス中の高速道路を走り放題。


去年買ったステッカーは期限が切れていたので、今年の分を新調していざ出発。


去年初めて縦断したときは、ステッカーを買う場所がわからなかったり、迷ったり、授乳休憩を数回とっているうちに時間ばかりが過ぎて行き、4時間半のところを7時間かけた私たち。


3回目の今回はさすがに順調な走行を続け、前回、前々回と4時間以上かかったところを3時間以内で進むことができました。

「順調だねぇ」と私が言うと、旦那さんが言いました。


「時間もあることだし、Bielに寄ってみる?」


Biel(ビール)とは、スイスの北西に位置する人口5万人程度の街。


この街を通るたびに、「いつかちゃんと遊びに来たいね」、と言っていたので、3度目の正直で寄ってみることにしました。何が私たちを惹きつけたかというと・・・


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街の入り口に立つ看板が、「Willkommen  Bienvenue」と2ヶ国語でお出迎え!


そうです。Biel(ビール)はバイリンガルの街なのです!スイスが4つの言語を公用語としていることは有名ですが、この街はちょうどドイツ語圏と、フランス語圏の境にあって、スイスで最も大きなバイリンガルの街だそうです。


フランス人でドイツ語教師の旦那さんにとっては夢のような街。


Biel(ビール)という名はドイツ語であり、フランス語ではBienne(ビエンヌ)。


駐車場の地面も↓


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(おまけに3ヶ国語目も!)


道表示も↓


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街の案内板も↓


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薬局も↓


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セールの旗も↓


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(裏向いてるけど)


図書館も↓


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標識、看板、広告・・・街で見かける活字の全てがバイリガルなのです。


そこで気になったのが、住民も皆バイリンガルなのか、ということ。


駐車場を出て、最初に足を踏み入れたキオスク(タバコや雑誌の売店)では、なぜか店主が、どっからどうみてもインド人?!


満面の笑顔で私たちを迎え入れてくれた気さくなおじさんでしたが、Hallo(ドイツ語で軽めの「こんにちは」)とDankeしか言葉を交わさなかったので、バイリンガルなのか分からずじまい。


そのキオスクの裏に小学校があり、聞こえてくる言葉は100%フランス語。


街で見かけた本屋2軒はどちらもドイツ語中心。店員さんとドイツ語で話した旦那さん。店を出るときに、

「オーストリアの“とんでもドイツ語”のお陰で何とか会話になったけど、スイスドイツ語はわけわかんない。」

と、スイスドイツ語の不可解さを嘆いていました。


結局、誰かに聞くこともままならなかったので、ウィキペディアを覗いてみると・・・


55%がドイツ語、28%がフランス語を主な言語として使用し、残りの16%は他の言語を話す外国人だそうな。


Bielで就学する子供たちは、主要言語を基準に小学校を選び、中学校からはバイリンガル教育を受けることもできるとのこと。


ただ、ここで言うドイツ語は、スイスドイツ語であり、フランス語もスイス風にところどころ捩(もじ)ったフランス語。旦那さんが夢見た「仏独バイリンガルの街」と言うには一癖ありすぎます。


例えば、「町立図書館」は正式(?)なフランス語では「Bibliothèque municipale」。それがスイスでは「Bibliothèque de la ville」(写真参照↑)。書くと全然違います。ただ、言葉の意味合いは全く同じなので、私なんかは全然気づかず、旦那さんも後から写真を見返して気づいた程度。


街に降り立ってすぐは、「ここに住む?」とか結構本気で考えましたが、スイスドイツ語が難解であること、息子が純粋なフランス語に触れる機会が減るのは残念なこと、街中でみかける表記はすべてバイリンガルでも住民はバイリンガルとは限らないこと、等々 色々問題点が見えてきて数時間後に保留になりました。


とは言うものの、街には湖もあり、遊びに来るだけなら魅力満載。高速道路のステッカーも新調したことだし、またゆっくり遊びに行こうと思います。

さて、ドイツ語だのフランス語だの語ってきましたが、誰がなんと言おうとここはスイス。この滞在で一番脳裏に焼きついたのは・・・






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山の中腹で街を見据えるロレックス。この王様抜きにスイスは語れません。









2013年9月 2日 (月)

「そこに丘があるから」

義母はボクサー犬を飼っています。


一日4~5回、計3時間、犬の散歩に出かけるのが日課だそうです。


私達がいた間も、そのペースを崩すことなく、4人+一匹で、町中、公園、林、森、など、1時間程度で往復できるところを、あちこち歩き続けました。


他の犬や飼い主とのトラブルを極力避けたいと思う義母は、ひと気のないところを選びながら散歩コースを決めていました。


初めは快く付き合っていた私ですが、沸々と不満を覚えるようになりました。


その原因は、寝室の窓から見えていた丘 ↓


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4日目くらいにはその不満が確かなものになり、「なんであの丘に登らないの?」とけんか腰に旦那さんに聞いていました。


一応、温泉のある義母の町は、夏は観光客でごった返します。その丘は町の中心にあり、手軽な散歩コース。そういう場所に犬を連れて行きたくない義母にとって、その丘は論外。


朝起きると、目の前に丘がある。でも登る予定はない・・・となると、もっと登りたくなるのが人間というもの。


「犬のため、犬のためって、犬至上主義じゃないんだから。」


・・・売り言葉以外の何ものでもないことまで言ってしまったのに、「そんなに上りたいなら、一人で行けば?」とか言われないことは、感謝しなければなりません。


戸惑った旦那さんは、少し考えてから、「○○(←私)が丘に登りたいっていうから、3人で登ろうと思うんだけどどうする?」と義母に電話。


「夜ならそんなにひと気もないだろうから、私達(義母+犬)も行くわ」、と言う義母。


なんだ、禁断の丘ではなかったのね、という言葉を飲み込んで、みんな揃って登ることに。


日の入り間際に出発すると、丘の入り口に、「大昔に建っていたとされる城」が描かれた壁がありました。その左横には満月。


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昼間の写真ではよく分かりませんが、丘の頂には、あるものがそびえ立っています。


登り始めて10分もしないうちに、それが目の前に現れました。


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―煌々と光る十字架&陰なるジーザス―


私は根っからの無宗教ですが、ついつい足を止めて見入ってしまいました。目立つのに、派手じゃない。この辺のフランス人のセンスのよさには敬服してばかりです。


本人がこれを見たら、どう思うだろう?・・・なんて、余計なことを考えながら歩いていると、あっけなく頂上に到着。


こんなに短時間で登れるなら、息子が昼寝中にでも一人で来れたよ。脅してごめんね、旦那さん。


それにしても、丘から見える夜景は格別でした。


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そして、間近で見るジーザスは、迫力満点でした。


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あの星はなんだ、あの建物はなんだ、あの光はなんだ、ああでもないこうでもない、と言いながら、30分以上、頂に留まっていた私達。


もうそろそろ下りよう、と皆で帰ろうとしたとき、旦那さんが言いました。


「この状況で思い浮かぶのは、あの歌しかないよね。」


夜、月、丘・・・・・・・・なるほど。


「言われてみればそうだね。」という私に、「僕は、登る前からこの歌のことを考えてた。」とイントロを歌い始めた旦那さん。


夜景とジーザスを堪能していたはずの私の頭の中は、その歌、更にはその歌が主題歌だったドラマと、出演者達に総入れ替え。


まさかこの丘で、日本モードになるなんて(笑)


そんな私を尻目に、十字架がいつから光っているかで口論し始めた、旦那さんと義母。設置当初から光っていた、と主張する義母に、ある日突然光るようになったと、自身の記憶力を疑わない旦那さん。


どちらも譲らず、下りている間激論を交わし続けた二人。


二人とも頑固だから、役場に聞くしかないね。という私の言葉は誰の耳にも入りませんでした。


さて、登りたくて仕方なかった丘ですが、6日間で登ったのは一度きり。


20年以上この町に住んでいる義母も、10年以上住んでその後定期的に帰省していた旦那さんも、今回がたったの二回目。


私が「登りたい」と言っていなかったら、誰も登っていなかったであろう丘。


登る前の、尋常ではない欲望はいったいなんだったんだ・・・













2013年8月31日 (土)

おしゃべり行脚

昨日、自宅に戻りました。


オーベルニュ地方に出向いた一番の目的は、もちろん義母に会うことでした。


義母の町にいた6日間、毎日会って話して、散歩しながら話して、食べながら話して、というのを繰り返していました。


7日目からの3日間は、クレルモン・フェラン。そこでは、1日目に旦那さんの一昨年の教頭先生に会い、2日目と3日目に旦那さんの幼馴染みとその家族に会い、空いている時間に義母に会っていました。


オーベルニュの次に向かった先は、2011-2012年度に住んでいたThonon-les-bains(トノン・レ・バン)。レマン湖の畔です。


その道すがら、リヨンに寄って、旦那さんの大学時代からの友人に会いました。私が彼に会うのは、これで7回目。7年来一度も近距離に住んだことがないのに、定期的に会っている、旦那さんの親友の一人です。


トノンに着いてからは、息子とよく遊んでいた近所の子供達に会い、引っ越してからも連絡を取り合っているカフェのお姉さんと、その友人、更にはその子供達に会って、話が尽きませんでした。


結局、家を空けていた11日間、「誰かに会っておしゃべり」をひたすら繰り返していたわけです。


成り行きでそうなったのではなく、それが目的でした。どれだけ多くの知人、友人に会えるかを考えながら旅行の計画を立てました。


会った人数、計14名。最初の6日間は義母と飼い犬にしか会っていないので、残りの5日間で長距離を移動しながら、13名と会って話したことになります。


会う場所だとか、飲食物の味はとにかく2の次で、聞いて話し続けました。


話したことの半分は冗談だったような気もします。でも面白くてやめられない。


話せて聞き取れる外国語はフランス語だけなので、他の言葉でもこんなに面白いのかはわかりません。


でも、この時間を忘れさせる面白さは、フランス独特のものだという気がしてなりません。


話好きが多いフランス。話してなんぼのフランス。


フランス語を始めて最初の5年は、会話するのが辛いこともありました。


でも、こんなに笑えるなら乗り越える価値は十分。


フランス語が話せて良かったと、心の底から思った11日間でした。









2013年8月29日 (木)

WIFIに嘲笑われる

8月18日から昨日まで、義母の住むオーベルニュ地方にいました。


この滞在に備えて、持ち運びに適さない重厚なASUSのノートパソコンを車に積んで、ブログを更新する気満々で出発したわけです。


ところが、最初の6日間滞在した、義母の町にあるウィークリーアパート(?)にはWIFIそのものがありませんでした。「ないかもしれない」ということは予め聞いていましたが、「今時WIFIのない宿泊施設は珍しいだろう」と、私の中ではあることが前提だっただけに、意気消沈。


義母の家にはネット環境はあったものの、犬を飼っているため、犬アレルギーの私は一歩も入れず。


次に、大都市クレルモン・フェランにある、アパートホテルで3泊。全国展開しているチェーンホテルなので、今度こそWIFIがあって当然でした。


でもここはフランス。あって当然なことやものが、普通に「ない」。


エレベーターの張り紙の一つに「WIFIのインターネットサービスはフロントでのみお使いいただけます。」とあって、驚愕。


予定が詰まった旅行中の自由時間は就寝前のみ。ただ、そのホテルは夜はフロントが無人。そんな場所で「優雅にネット」なんて、私には無理。


駄目もとで、部屋でネットに繋がらないか試してみましたが、個人情報を登録するページが出てきて、不信感が募って、それ以上進めず。


結局、オーベルニュ地方にいた10日間近くを、ネットなしで生き抜いた私。


テレビのニュースは欠かさなかったし、結構平気なもんだ、と思いつつも、日本の時事が全く耳に入ってこないのには、物足りなさを感じました。


ちなみに、私は携帯電話を持っていません。そして、旦那さんの携帯は、電話とメール以外大した機能のない、よく言えばシンプルな、悪く言えば時代遅れな代物です。携帯事情がこうなので、パッドだかタブレットだかの最新機器とは、もちろん無縁。


要するに、自宅を出れば、ノートパソコンを持ち出さない限り、WIFIはあってないようなもの。今回はそれに加えて、パソコンを開ける環境にあっても悉く(ことごとく)WIFIに嫌われ続けた、というのがブログの更新が滞った理由でした。


ネタも疲れも、たまりにたまっています。


しかも、まだ自宅に帰っていません。オーベルニュからも自宅からも離れた、3つ目の宿、3つ目の町に滞在中です。


ホテルの窓から見える景色↓


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帰宅したら、数日で、旦那さんの学校と息子の幼稚園が始まります。


2,3日で疲れをとって、順調に新年度を迎えたいものです。












2013年8月17日 (土)

今年の手帳!

数週間前のある日、大型スーパーで買い物をしていた時のこと。


以下のものを手に持った旦那さんが、私のいたBIOコーナーに合流して言いました。



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「これ、どうかな?」


食料品の品定めで頭が一杯だった私は、「いいんじゃない?」と、空返事。


その時は、漫画「BAKUMAN」の単行本か何かだと思っていました。


帰宅して、旦那さんが、「はい、これ」と“BAKUMAN”を私に手渡そうとしました。


「なんで?」と言う私に、「君のでしょ?」と返す旦那さん。


そこで初めて《Agenda(手帳) 2013-2014》の部分が目に入りました。


「これ私のだったの?!」と、驚く私。今更気づいた妻を、申し訳なさそうな目で見る旦那さん。


はっきり説明しなかった旦那さんも旦那さんですが、よく考えずに承諾した私も私。


自分の手帳は自分で選びたかったなぁ、なんて、今更後戻りはできません。(返品という選択肢はその時頭に浮かびませんでした。)


手帳は持たない旦那さん。手帳はまだ必要ない息子。


というわけで、今年度の私の手帳は「BAKUMAN」です(笑)


まぁ、主婦だから、手帳を持ってどこかに出かけることは稀だからいいとしよう。


ちなみに昨年度の手帳はこれでした ↓


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そして、一昨年の手帳はこれでした ↓


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はい、今年も「こけしシリーズ」を買う予定でした。というか、2年連続で「こけし」だったんだから、3年目も「こけし」なのは暗黙の了解だと思っていた私。



夫婦の会話の大切さを思い知りました(爆)








2013年8月 9日 (金)

プールで涼む

水泳の世界選手権のニュースがテレビで流れ、飛び込みの様子が映し出されたとき、うちの3歳児が言いました。


「Je veux faire ça !(これ、やりたい!)」


「洗髪ごときで泣き叫ぶ人は、できないよ。」とあしらってから、「そういえば、今年はまだプールに行ってないな」と思いました。


洗髪はきらいでも、水遊びは好きな息子。去年はレマン湖の畔に住んでいたので、湖やプールを堪能しましたが、うちの町には50メートルのプールが一つあるだけ。


幼児用のプールがある町は、うちから車で30分。頻繁に通える距離ではありませんが、近所のママたちの評判がよかったので、行ってみることにしました。


その日は35度を超える猛暑日だったので、紫外線の弱まる夕方5時以降に出発(そのプールは夜8時まで)。いつものごとく軽く迷いながら、予定より15分遅れで到着。


受付には珍しく笑顔のお姉さんがいて、「大人二人と幼児一人です。」というと、「5ユーロです。」と言われました。


予想外の安さに驚いて、「えっ5ユーロ?」と聞き返した私。以前住んでいた町のプールは、入場料大人一人4ユーロ。ほぼ倍。レマン湖の畔という、かなりの観光地だったから物価も高くて当然ですが、この違いには驚きました。


田舎バンザイ、と思いながら家族3人で更衣室へ。空いていそうなドアを開けて入るも・・・鍵がない!中から鍵で閉めるのが不可能なドアでした。もっと分かりやすく言うと、西部劇に出てくる「ウエスタンドア」の片側だけ、という感じ。


私と旦那さんは家から水着を着て来たので、3歳児の水着を着せるだけでしたが、その数分の間に、空いた更衣室を探している人がドアを開けようとして、ドアが背中やら肩に何度もぶつかりました。


幸先のいい出だし(笑)でしたが、気を取り直して更衣室を出ました。


あと一歩でプール、というところで、次に私達を待っていたのは、足の消毒槽。消毒槽なのに、わけのわからないものが、色々浮いているのです。特にティッシュだか、トイレットペーパーだかが、優雅に“泳いで”いて、息子のために来たのでなければ、Uターンして帰っていたかもしれないほど、フレンチな汚さ全開でした。


後でわかったことですが、この消毒槽より先にはトイレがなく、トイレに行く人々がここを往復することが判明。その“泳ぐ紙たち”はトイレットペーパーである確率大・・・


「次にこの消毒槽を通るのは、帰るときだけ」と決めた私と、申し訳なさそうな旦那さん、目の前に広がるプールに早く入りたくてしょうがいない息子。


今見たものを一刻も早く忘れるべく、プールに直行・・・したのは旦那さんと息子だけ。塩素に耐え難い肌を持つ私は、プールには入りません。消毒槽という名の汚水層を通った足を濯ぐ場所を見つけて一息ついた後、プールサイドで陣取り。


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旦那さんと息子が最初に入ったのは、幼児用プール。幼児用ではありますが、噴水が豪快すぎて「息つく暇がない」と旦那さんが嘆いておりました。


10分もしないうちに幼児用プールを出た二人は、隣の50メートルプールのほうに消えていきました。


取り残された私ですが、このシナリオは想定内。こういうときのために、というか、プールに入らない私がプールに来たのは、これ↓を読むため。


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「文藝春秋 創刊90周年記念 新年特別号」。


私が浦島花子にならないために、両親に持ってきてもらった助っ人であります。半年以上前の号ですが、6年以上帰国していない私にとっては“最近号”の部類。


家にいると家事をしてしまって、なかなか読み進められないので、こういう状況が絶好の機会。


ふと周りをみわたすと、結構いました、読書仲間。しかも、そのほとんどが女性。それで、プールのほうに目をやると、「パパと子」の組み合わせの多いこと(笑)みな考えることは同じ。


30分近く読書に耽(ふけ)りましたが、一度もプールから上がってこない二人のことが、心配になってきました。待っていても来ない気がしたので、捜索開始。


50メートルプールを見渡しても、それらしい二人はおらず、そんなに大きくない施設を探し回っていると・・・


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流される二人を発見(笑)


少しずつ深くなっている(一番浅いところは20センチくらいで深いところは1メートルくらい)のが、息子の壷にはまったようで、50メートルプールのほうに消えてから、ずっとここを行ったり来たりしていたそうです。


その後、入らないと決めていた私も、結局息子にせがまれて脚だけつかってみたら・・・


冷たい!!30度前後の温水だと思っていたので、びっくりしました。レマン湖の畔は、炎天下でも温水だったことを思い出し、値段の違いがあちこちに表れていることを実感。


8月に入っても日の入りは9時以降なので、夕方7時を過ぎても気温は30度を超えてましたが、“水風呂”に浸かり続けていた息子が「寒い」と言い出して、帰ることにしました。


例の消毒槽を、出来るだけ大股で通って、個室のない共同シャワー室で足を念入りに洗って(レマン湖の畔のシャワー室はもちろん個室)、また例の鍵なし更衣室に戻りました。


日が落ちてきたからなのか、照明の一部が切れていたのか、来たときよりも確実に薄暗い更衣室内。鞄の中がさっぱり見えず、手間取りながら着替えている間に、往路同様、ドアを開けられては肩や背中に打撲し続けた私達。


翌日、「プール!行ったねぇ。」と満足そうな息子を前に、「今度はママは行かないからね」と心の中で思いながら、「そうだねぇ、また行こうね。」と言っておきました。(レマン湖が恋しい・・・)




2013年7月27日 (土)

休んでこそバカンス by フランス人

両親が帰国しました。


大きなトラブルもなく、好天にも恵まれ、3歳児がいたわりには、充実した日々でした。


毎日テニスをして、観光地で時間内に見れるだけ見て、トランクから溢れるほど買って、満足いくまで食べて飲んで・・・という滞在の詳細は、フランスの日常とは掛け離れているのでここでは省きます(笑)。


さて、7月初旬にバカンス入りした旦那さんですが、その3日後に両親が到着したので、今日が事実上のバカンス初日。


周知の通り、フランス人のバカンスの最大目的は「休息」。どれだけダラダラ、ウトウトできるかにかかっています。


でも子供がいたら無理でしょ?と思ったそこのあなた、フランス人を舐めてはいけません。


① 子供を祖父母の家に数週間以上預ける。

② 4歳以上の子供は、林間学校に預ける。

③「今日から2週間はあなたがバカンス。その後の2週間は私がバカンス。」と夫婦で交互に子供の世話をする。


と、あの手この手で最低2週間の「休息」を手に入れようとする親が沢山います。


うちは、祖父母が近くにいない、林間学校に預ける年齢に達していない、旦那さんが家事を全くしない、というわけで、8月末まで「休息」とは無縁。


というより、一応日本人である私は、バカンスに休息を求めていません。3人仲良く楽しく、それなりのバカンスを満喫できればそれでよし。



・・・と、旦那さんに明言したら不満そうだったのは気のせいにしておこう。










2013年7月21日 (日)

投票と望郷

ちょっと、更新が滞ってしまいました。


やはり、子供と親の面倒を見ながらブログを書くのは無理でした(笑)両立(三立?)してる人がいたら尊敬します。


さて、両親が到着して最初にしたことは、昼食を取ること。


大都市の鉄道駅から少し歩いたところにあった、ビストロで食事。


おいしかったけど、祖父母の到着に興奮した3歳児が、大人4人の手にも負えず、「幼児とレストラン」の恐ろしさを再認識。


昼食をとった気がしないまま、次にしたのは、投票所に行くこと。


両親の到着場所と日時が、在外投票のそれとドンピシャだったので、両親にとっては時間の無駄でしたが、一票を投じてきました。


自宅のある町からは郵送投票しか考えられませんでしたが、投票用紙を請求して、更に送り返す煩わしさを考えると、この機会を逃すわけにはいきませんでした。


特に支持している政党や候補者はありませんが、旦那さんに、「投票したくても出来ない人が世界に山ほどいる」と言われてから、海外にいても出来るだけ投票することにしているのです。


家族5人で投票所に到着すると、入り口の手前で、係の男性(日本人)に、「投票される方はどなたですか?」と聞かれ、「私だけです。」と答えると、「投票される方以外は外でお待ちください。」と家族の入室を阻止されました。


しぶしぶ一人で投票所に足を踏み入れた瞬間、空気の変化を察知。


日本でしか味わったのことのない、「緊張感」。


8畳ほどの狭苦しい部屋の片隅に、先ほどの男性が立っていて、中央に3人の女性が等間隔に座っていました。


向かって右端の女性が立ち上がって、投票方法を立って説明。


在外投票は、郵送投票と同じく、投票用紙を2枚の封筒に入れ、更に大きな封筒に入れて選挙管理委員会に送ります。なので、今回のように、投票用紙が2枚(比例と小選挙区)ある場合は、封筒の数が5枚あって、とてつもなくややこしいのです。


その面倒な一連の動作が、普段関わることのない日本人の視線にさらされ、無駄に緊張、無駄に冷や汗、無駄に妄想。


緊張の原因が、投票所の窮屈さ、4人の日本人、時間のかかる在外投票システム、私の心理、のどれかにあるのか、全てにあるのか・・・


とにかく、入室から退室までの15分近く、ずっと居心地が悪かったのです。


ウィーンで投票したときも、同じ空気が充満していて、同じ緊張感を覚えたのを思い出しました。日本で投票していた時も、在外投票より短時間だったのに、その場から逃げ出したいような苦手な雰囲気がありました。


フランスでは、怒りや空しさを覚えることはあっても、こういう緊張を強いられることは皆無。


旦那さんについて、フランスの投票所を2度ほど見学したことがありますが、日本と比較するのが馬鹿らしくなるほど、リラックスムード全開でした。


特に2回目は、うちの息子と3人で投票所に入り、誰にも阻止されることなく旦那さんと一緒に列をつくり、旦那さんが選んだ用紙を箱に入れたのは息子。その息子に「これが初投票ね(笑)」とかなんとか声をかける係のひとがいて、それはそれは和やかな投票所だったのです。


そんなフランスにいて、「もっと緊張感持ってよ」と思うことはいくらでもあります。でも、実際に日本の生真面目な緊張感を再び体験すると、「あぁ、やっぱり日本では生活できないな」ということを再認識してしまい、フランスにどんなに駄目な部分があろうと、「日本に帰るよりはまし」だと思ってしまうのです。


最初は入り口の脇で息を潜めて様子を伺っていた旦那さん。いても立ってもいられず、規則を破って入室。私と一言二言交わして出て行きましたが、係の4人に背を向けていた私は、彼らの反応を知る由もなし。


私と同じように空気の違いを感じ取った旦那さんが一言。


「まるで村上ワールドだったね。」



・・・なるほど、そうやって客観的に見れたら楽・・・って、要するに、フランスにいると物事を客観的に見ることが多いから過ごしやすいのかな。











2013年7月16日 (火)

ミッション:インポッシブル IN フランスの田舎町 2

両親が無事到着しました。


すでに先週の金曜日のことです。


果たしてテニスコートが取れたのか、気になっている人がどのくらいいるのかわかりませんが(笑)結果から報告すると・・・・


取れました♪


でも、思い通り、というわけにはいきませんでした。


というのは、キーマンである「サンドリン(町のテニスコートの予約受付係)」と今も音信不通のままだからです。


彼女と連絡が取れない憂さ晴らしから、できるだけ多くの隣近所の老若男女に文句を言っていたら、ある親子から一枚の用紙をもらいました。そこには、


《○○町テニス協会 

2013年のテニスシーズンは5月1日から10月31日まで

整った環境、そして低価格でテニスをしませんか?

家族、友人同士で自由に楽しみましょう。

注意:テニスの入門指導は行っていません。

料金 10歳まで 5ユーロ

    11歳から16歳まで 10ユーロ

    17歳から 15ユーロ 》


と書かれていました。いわゆる、町のテニスコートの宣伝。○○町というのは隣町。と言っても、うちのアパートから200メートルも歩けばその町。うちの町より更に小さな町なので、テニスコートがあるなんて考えもしませんでした。


こんな手があったなんて・・・ということで、旦那さんが早速電話。


土曜日だったのに、すぐに係りの人が出て、「町の文化会館で受け付けています。小切手を用意してもらえればすぐに鍵をお渡しします。」と説明されました。


両親到着の2日前、サンドリンからの連絡をきっぱり諦め、家族3人で隣町の文化会館へ出発。


到着すると、鍵を手にした係りの人が、私達を待ち構えていました。大人4人とうちの3歳児の、計5人分の会費65ユーロの小切手を切り、メモ用紙に住所と氏名を書いて、テニスコートの鍵を取得。


久しぶりの効率のよさに、気分爽快。同時に、うちの町が同じようにできないことが悔しく、そして情けなくなりました。


というわけで、「テニスが出来る環境を整える」という任務は果たせましたが、


・ 両親が泊まっているホテルから遠く、希望していた早朝テニスは不可能。

・ うちの町の新品同様のハードコートに比べ、コートの状態が万全とは言えない。


という欠点付き。


まぁでも、何だかんだとほぼ毎日テニスが出来ているし、結果オーライということで・・・




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この2面を、今年の10月末まで、好きなときに好きなだけ利用できます。そのかわり、劣化したコートの状態は写真でも明らか。(奥が両親、手前が息子2人・・・というのはウソで、うちの3歳児と隣人セバスチャン)









2013年7月 4日 (木)

ミッション:インポッシブル IN フランスの田舎町

もうすぐ両親が遊びに来ます。


そこで、「テニスが出来る環境を整えよ」という命令が下りました。


実母の日常は、一にテニス、二にテニス、三四もテニスで、五にゴルフなのです(←ダジャレではなく、本当にこれくらいの割合をゴルフが占めています)。


もちろん、フランスに来てまでテニス三昧というわけではありません。観光の合間にテニスができたら大満足、ということです。


さて、うちの町には10面前後のテニスコートがあちこちに散らばっています。


そのうち、息子とよく行く公園に隣接しているコート2面と、その他4面の場所を確認済みでした。


場所がわかっているんだからお安い御用、と思っていたのに、そう簡単に任務を遂行させないのがフランス。


町役場に行って、コートの取り方を聞くと、「サンドリン」という関係者(女性)の電話番号を渡されました。


ところが、何度かけても留守電。


「Bonjour、現在私は電話に出られません。おそらくボールとたわむれていることでしょう。」


というフレンチジョークの端くれのようなメッセージが流れるだけ。(一回聞いただけなら「おぉ、粋なメッセージ」とか思うのかもしれませんが、3回以上聞くと腹が立ってきます。)


彼女にかけること十数回。旦那さんが留守電にメッセージも残したのに、連絡なし。これでは埒が明かない、ということで、今度は観光案内所で聞いてみることにしました。


テニスコートを取りたい、と申し出ると、サンドリンの番号を渡されそうになったので、「いやいや、その番号はうんざりなので、他の番号はありませんか?」と事情を説明すると、今度は、町のテニスクラブの代表の番号をもらいました。その番号にかけると、


「テニスクラブは10月からお休みです。」


というメッセージが留守電に録音されていました。10月って、いつの10月??


全く当てになりません。


そして更に不可解な事実に気づきました。


町のテニスコートなのに、町役場とか、観光案内所で直接予約できないっておかしい。


でも、私がそんなことに気づいたところで何も進展しません。何か別の糸口を見つける必要があります。


そんなある日、旦那さんが言いました。「そういえば、ジョナタンがテニスするって言ってたなぁ。」


ジョナタンとは、近所に住む男子中学生。駐車場に集まるメンバーの一人なので、ほぼ毎日顔を合わせる子です。


これはもう、ジョナタン経由で解決するしかない、というわけで、直接聞いてみました。


「ねぇジョナタン、テニスするんだって?」

ジョナタン 「するよ。」

私 「コートの取り方知ってる?」

ジョナタン 「・・・テニスクラブを通してやってるからなぁ。どこのコートを取りたいの?」

私 「ほら、あの公園に隣接してるところ。」

ジョナタン 「あそこなら、観光案内所で直接予約できると思うよ。」

私 「・・・」

ジョナタン 「それか、サンドリンに聞けばわかるよ。」

私 「サンドリンって、サンドリン・○○○○○(←苗字)?」

ジョナタン 「そう!彼女のこと知ってるの?」

私 「知ってるも何も、町役場でも、観光案内所でも彼女の番号を渡されるから、連絡取りたいのは山々だけど、何度かけても電話にでないの。」


ジョナタンは何も言わずに、お役放免といった感じで、キックスクーターで子供の輪に消えていきました。かなり当てにしたのに、一歩も前に進まず。


そうこうしてるうちに、Xデーは近づくばかり。


どうしたもんかと思っていたら、今朝旦那さんの携帯が鳴りました。


相手は・・・サンドリン!


留守電のメッセージに反応するの、遅すぎ!


かけ直さないといけない、とわかっていて、10日間も沈黙する人がいるでしょうか。


でも、肝心のテニスコートの取り方はわかりました。


私達に与えられた選択肢は二つ。


① 年会費一人当たり40ユーロを払って、町の全てのテニスコートに通じる鍵を得る。

② 人数に関係なく、1時間8ユーロで1面借りる。


今回は②しか有り得ません。


ただ、予約した時間に関係者がコートの鍵を開けに来る、と聞いて、とてつもなく不安になりました。


本当に開けにきてくれるんだろうか?


10日間のほぼ毎日、予約を入れるかもしれないのに、いちいち鍵を開けにきてもらうより、こちらが鍵を借りて自ら開け閉めしたほうが理に適っています。


それが可能かどうか、その場合の料金はどうなるのか?の2点を聞こうと思って、再度サンドリンに電話したら・・・



・・・もちろん出ませんでした(爆)



                            当然つづく




(母へ→ テニスコートが予約できなかったら、駐車場でバドミントンでもいい?)







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